73、様子見 ページ26
どのくらいの時間が経っただろうか。Aは薄暗いシャワールームで、ゆっくりと目を開いた。
まだ多少の胸の辛さは残っていたが、どうにか体は落ち着いたようだった。
むせ返りそうなほど血の匂いがする。覚めてきた目で辺りを見渡すと、シャワールームの床タイルは薄闇の中でもわかるほど黒々と汚れていた。自分の右手も同じだった。シャワールームという場所の性質上、乾きづらかったのだろう。タイルも手のひらもまだ濡れていた。
ふらりと立ち上がり、あまり汚れていない左手で灯りを付ける。照らされた小さなシャワールームはタイルも壁も真っ赤な血がこびりついていた。壁の汚れは下のほうだけで、どうやら跳ねた血が付着している。ただ、所々に真っ赤な手形が付いていて、そこに手を付いたことが見てわかる。中々な惨状だった。
(……流そう)
シャワーを手に取り栓を捻る。自分の右手も洗いながらタイルや壁を汚している血を流していく。
真っ赤な水は、暫く透明にはならなかった。
・
結局、服も口回りも血塗れだったので一旦シャワーを浴びて着替え直した。
咳のしすぎで喉と頭が痛い。眉をひそめながら椅子に腰かけて、机に備え付けている時計を見る。確か、宝珠が崩れたのが十四時ごろ。となると今は、……あれから四時間は経っていることになる。
そろそろ食堂が騒がしくなる頃合いだろうか。少ししたら食堂くらいは行かなくては。
ただ、喉と頭が痛いのに加えて目眩がする。多分貧血だろう。
せめて、あと数分は休んでから行きたい。そう考えて椅子に座ったまま目を瞑った。
ぼんやりと意識が浮上する。どうやらまた寝てしまっていたらしい。自分の部屋の天井が目に入って、寝起きの思考でそう考えた。
……天井？
思わず跳ね起きる。椅子で寝落ちた記憶があるのに、何故だかベッドで寝かされていた。そして急激に動いたせいで頭が痛い。治ってはくれなかったらしい頭痛に額を抑えたまま、ベッドサイドで、僕が寝落ちたはずの椅子に座っているイゾウを見た。
「……ごめん、手間かけさせて」
「手間だと思ってない。体調が優れないならちゃんと横になったほうがいいぞ」
「そう、だね。ありがとう」
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