若し、あなたに恋をしても《中原中也》 (ページ7)

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第６話　壁ドンと顎クイページ7

「手前(テメェ)。あの男は誰だ？」
「は？誰の事を言ってるの？」

　書類を抱えるAを問い詰めるために、俺は、２日ぶりに会う幼馴染を、昼休みの終盤に捕()まえ、職場の廊下から壁へ追い詰めた。
　然(しか)し、唯(ただ)そうするだけでは簡単に逃げるから、行く手を腕で塞(ふさ)いだ上で、ヒールで高くなっているとはいえ、相手を至近距離で睨(にら)みつける。

「しらばっくれる気か？一昨日(おととい)、金髪に翡翠(ひすい)色の眼の男だ」

　そこまで云われて、彼女は、相槌(あいづち)を打った。

「なんだ。カズの事か。彼なら、レベッカ先生のご子息(しそく)で、友達と呼ぶには程遠いくらい、浅い関係さ。一昨日は、先生の生誕日の贈呈品(プレゼント)を買うために、あちこち回ってたんだ」

　素直に情報を吐いた事に驚く俺を前に、Aは静かに微笑んで、無色透明だが、仄(ほの)かに香る口紅を塗った薄い薄紅色の形の良い唇が、魅惑的な弧を描く。

「中也が望む情報は、ちゃんと得られた？」
「…あ、嗚呼」

　『良かった』と動く口元に、俺の視線は釘付けになっていたが、彼女の指先が触れ、自然に無意識に引いていた顎(あご)を動かされた形で我に返り、強制的に再び顔が視線が合う。すると、眼前に冷笑するAが居た。

「じゃあ、今すぐ退(ど)いてくれないか？姐(ねえ)様がお待ちなんだ」
「お、おぅ…。悪ィ」
「ん。またな」

　さっきとは違う爽やかな笑顔に見とれ、心臓を撃ち抜かれる錯覚に陥りつつ、コツコツと靴の踵(かかと)を鳴らして軽やかに去っていく元々組んでいた相棒の背中が小さく感じるほど、俺は、暫(しばら)く廊下に立ち尽くしていた。

　安アパートの２階。その１号室と２号室に、俺達は隣同士に住んでいる。況(ま)してや、姐さんの傘下で一緒に配属されているから、細かい事は除いて、自然と顔を合わせる機会が何かと多い。

「あ。お帰り、中也。おはよう」
「おはよ。…昨日は、悪かった」

　徹夜明けの朝。
　呼鈴を鳴らして、玄関を開けてくれたのは善いが、白のパーカーを羽織った紺色の寝間着(パジャマ)姿を前に、言い方がつっけんどんになってしまう。彼女は、態度を責めずに、手を差し伸べて受け取ってくれた。

「気にしないでいいのに。ありがとう。…朝飯、食べた？」

　その言葉に甘えて、朝食を馳走になった。