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七月末のある日のことでした。
セミが、主張するように鳴き喚いていました。

ある一軒の家の前で、少女と男性が何やら話をしています。

男性は、夏だというのに暑苦しい詰襟の服を着ていて、何やら大きな荷物を持っています。

Aは、悲痛な顔でBにすがり付き、Bは困ったように、Aの頭を優しく撫でました。

やがてAは、諦めたかのようにうなだれました。

「...本当に、行ってしまわれるのですか。」

「すまないな、Aちゃん。でも、私が行かなくてはならないんだ。」

その諦めたようなBの声に、Aは顔を上げて少し軽蔑の表情をしました。

「...お国の為に、ですか。」

「そうだ。勝つまでは、戦い続けなければならない。...どうか、元気で。」

今度は強い意思を秘めたその目に、Aは息を呑みました。
そして、くしゃりと顔を歪めます。

「Bさんも。必ず、必ず帰ってきてください。」

Bは答えません。

いや、それは少し違うのでしょう。

彼は答えられなかったのです。
生きて帰ってこられるという確証はなかったのです。

代わりに曖昧に笑い、再びAの頭を撫でました。
Bは手を振りつつ、立ち去りました。

Aはその場で座り込んでしまいます。

「シャボンだまとんだ やねまでとんだ やねまでとんで...」

「Aちゃん!」

何気なく歌を歌っている途中、友人のCが駆けてきました。

「Cちゃん。...どうしたの?」

Cは遠くから走ってきたようです。
膝に手を添え、前屈みで息を調えました。

「実はね、私達、疎開できることになったんだよ!」

「へぇ、どこに?」

話し半分、Cの言うことなど右から左に流していたのかもしれません。
Aは人差し指で砂に落書きをしています。

「それはね...広島だよ!海があって、山がある!綺麗なところ!」

「...そっか、楽しみだね。」

「うん!あっ、だから、支度しなくちゃ!日時は...」

Cは勿体ぶり、胸を張って澄まし顔をしました。

その様子はまるで、二人が教わっている国民学校の先生です。

「一九四五年八月一日、汽車に乗って行くんだよ。お国の為に、みんなで頑張らなくちゃ!''欲しがりません、勝つまでは''!」

「...そうだね。」

「ちょっとAちゃん!?さっきから元気ないよ。どうしたの?」

放っておいて欲しいAの気持ちを察することができずにCが尋ねると、Aはそっと口を開いた。

「どうしたのかって?さっき、Bさんが召集されて行っちゃったよ。どうして大切な人が行ったのに嬉しそうにできると思えるの?」

・→←八月の半ば、セミの声。



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em7(プロフ) - 舞咲優陽さん» まさか、em7をご存知だとは…。ありがとうございます。お互いに頑張っていきましょう。 (2020年10月31日 0時) (レス) id: 534a6c5436 (このIDを非表示/違反報告)
舞咲優陽(プロフ) - em7さん» コメントありがとうございます。登場人物の気持ちなどに合わせて情景を変えると、表現しにくい複雑な感情を表現しやすくなりますね!アドバイスとご意見ありがとうございます。あと、CSSの方ですよね?いつもシンプルで素敵だと思っています。 (2020年10月30日 15時) (レス) id: d2ba224748 (このIDを非表示/違反報告)
em7(プロフ) - 長くなってしまいましたが、舞咲優陽様のこれからのご活躍をお祈りしております。長文失礼しました。 (2020年10月30日 10時) (レス) id: 534a6c5436 (このIDを非表示/違反報告)
em7(プロフ) - 例えば、反語というように、少し皮肉めいた表現を用いたり、主人公の気持ちが暗くなるにつれて周りも薄暗くなるといった描写などでも奥行きは広がると思います。私は簡単な表現ばかりだと道徳の教科書のように感じてしまいます。表現の引き出しを増やすことは重要かと。 (2020年10月30日 10時) (レス) id: 534a6c5436 (このIDを非表示/違反報告)
em7(プロフ) - とても丁寧な書き方で、物語の世界観にすっと引き込まれていくように感じました。素敵な書き方ですし、内容もそれに見合っていていいと思います。強いて言うなら、もう少し表現の幅を増やす事や、情景描写、などでしょうか。 (2020年10月30日 10時) (レス) id: 534a6c5436 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:舞咲優陽 | 作成日時:2020年10月18日 22時

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