42話 わたがし ページ45
浴衣の裾を合わせて、左を手前にして腰紐を結ぶ。
おはしょりを整えて、衣紋を整えて、コーリンベルトを浴衣の中に通して締める。
またおはしょりを長さを調整して、伊達締めを締める。
帯は初心者向けの文庫結びをすることにした。
首を伸ばして全身鏡に映る帯を確認する。
弟にも変じゃないかどうか見てもらうも、着物に詳しくないから「わかんねぇ」と言われた。
多分これで大丈夫なはず。解けないだろう。
誰からも返事が返ってこないのに「いってきます」と言って家を出た。
待ち合わせ場所に既に彼はいた。
紺色の博多織の浴衣がこの世で1番良く似合うのは多分君だと思う。よく誘えたよ。泣きそうだ。
かっこよすぎて思わず電柱に身を隠してしまった。
しかし彼に気づかれてしまったみたいで、こっちに近づいてきて「何してんの」と言われた。
「あ、ちょっとドッキリしようかと思って」
「やめてくれよー、普通に登場してくれていいから」
「アハハ、ごめんて。行こうか」
「うん」
自然と肩を並べて歩き出す。
変に緊張しなくても、いつも通りの自分でいれば大丈夫なはず。
「最初どこ行く？」
「お腹空いたから何か食べたい」と私は言った。
「あーね、ライブ終わりだもんな、お疲れ様！」
近くの屋台で焼きそばを買って、空いているベンチに座って食べた。
久しぶりのこの感触、懐かしい。小学生の頃以来だ。
すぐに焼きそばを食べ終わって、色々な店で遊ぶ。
意外と光がスーパーボール救いの才能があったり、射的で光るおもちゃを手に入れたり、ちょっと調子に乗って狐のお面を付けてみたりする。
ライブのためにずっと食事制限していたので、今日夏祭りで食べたもの全てが美味しく感じた。
そろそろ打ち上げ花火が始まりそうな頃、私達はわたがしを食べる。
わたがしを口で溶かす君は、わたがしになりたい私に言う。
「久々に来たけど、夏祭り楽しいね」って。
私は頷くだけで気の利いた言葉も言えない。
想いが溢れたらどうやって、どんなきっかけタイミングで手を繋いだらいいんだろう、と考えたけど迷惑なだけか。
もうこれで光と会うのは最後にするって決めたから。
せめて最後は楽しい思い出で終わりたい。気まずくなんてなりたくない。
この気持ちに気づいてほしくないのに、この胸の痛みが伝わってしまえばいいのにと思う自分がいる。
ヘタレな自分に嫌気がさす。
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作者名：西木野海未 | 作成日時：2021年10月5日 3時
