28話 斉藤改名 ページ30
その日は午後にレッスンが終わったので、そのまま大学に向かう予定だった。
レッスンスタジオを出て、目の前の公園の噴水の前で、仲間と一緒にダンスしている秀太の姿が目に入った。
いつもは男らしいワイルドな踊り方をしていた秀太だったが、その時の彼のダンスはバレエの振り付けのようなしなやかな繊細な雰囲気だった。
羽を大きく広げた白鳥のようだった。
つま先で立って星に手を伸ばした一日……か。この歌詞にぴったりの情景だ。
「キレイ……」と思わず呟いた。
大学に行く前に彼に声をかけようと思ったが、腕時計を見たら遅刻したも同然の時間になっていた。
彼に気が取られて、知らぬうちに時間が過ぎていた。
私は慌てて駅の方へ走っていった。
理解するのに苦労した講義を終えて、私はサークルには顔を出さずになかの芸能小劇場へと足を運んだ。
今日1日、1回も笑ってる時がなかった。
レッスンではダンスの動きの隅々までを水島さんや講師から詰められて、講義ではさっき言った通りついていくのに必死で、課題も仕上げなければならなかった。
1日に1回は笑う時間がないと死んでしまう。
だから私はお笑いを好きになったのかもしれない。
「どうも、村上です！」
「その残像です！」
「マヂカルラブリーです！」「その残像です！」
「お願いしま〜す！」「残像で〜す！」
いつの間にか斉藤の芸名が村上に変わっていることに気づいた。
あとで村上に聞いたら、村上自身は斉藤っていう芸名に納得がいってなくて、彼が東京大学物語の主人公・村上が好きだから、村上に改名したのだという。
多分、村上なりの渾身のボケなのだろうけど、私は笑わずにあえてスルーした。
初対面から何回か通して彼と会ってきて、少し慣れた。お笑いの趣味が合うからかな。それと彼が意外と面白いアニメとか映画を教えてくれるのもある。
「ブルーちゃん、今回もありがとね〜！」
「うん！面白かったよ！」
ってか、村上に変わったんだね。これから村上って呼ぶね」
「うーん、呼び捨てじゃあなぁ……そうだ、村ちゃんって呼んでよ。野田氏もそう呼んでるし」
「わかったよ、む、村ちゃん」
半ば強制的に呼ばされた。慣れないな、この呼び方。
誰かをニックネームで呼ぶのはにっしーくらいだった。これもまたにっしーから強制的に呼ばされたから、今こうしてにっしーと呼ぶことになった。
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作者名：西木野海未 | 作成日時：2021年10月5日 3時
