Ep.170 風と体温と情景 ページ20
思い出し笑いならぬ、思い出し怒りに震える世良さんとそれをどう宥めようか惑う私の傍らを、何台目かの救急車が通って行く。
「あー……ま、とにかく乗りなよ! 安全運転するからさ」
改めてそう言われ、少し考えた。
このまま電車で帰ることだってできる。誰にも迷惑かけず、一人で。数秒手元に視線を落として考えてから、私は渡されたヘルメットを被った。
「……ありがとう。じゃあ、お願い」
ここに足をと言われたところへ左足を置き、シートの後ろへまたがる。
と、なんか思ったより不安定っていうか……考えてみれば車と違ってシートベルトとかないし、自分の身体を支えるものは自分の手足だけなわけで。これで走って本当に大丈夫なのかな。
「よし! それじゃ……飛ばすよ!」
「え? 待って今安全運転って言わなかっ────」
この子たぶん私の話聞いてない。
これってしがみついていいものだろうかと迷っていたのも動き出すまでの束の間だった。
初めて乗る二輪自動車は私からすれば沈みゆく大型客船よりもスリルに満ちていた。いざ走り出してみると想像以上に心もとなくて、これどっか掴まってないと急カーブとかマジで落ちるし急減速でも後ろに落ちるのでは。
けれど、少しずつ慣れてくるとやがて余裕が生まれだした。
雑音がシャットアウトされ、余計なものを置いて自分だけが先へ行けるようなスピード感と風の中で背中を貸してくれる彼女の体温が、今は素直に温かい。
海の上を渡る橋に差しかかったとき、急に晴れ間が見え始めた。視界が広がった。港の情景が、なぜか途端に鮮やかで。
「きれい……」
そう呟いたのが彼女に聞こえたかどうかは定かではないが、私は少し声を張って「世良さん」と語りかけた。
「……楽しいね」
「だろ?」
「私も乗れるようになるかな」
「もちろん! 後ろもいいけど、自分で操作した方が楽しいし……キミ、ネイキッドもオフロードも似合いそうだしね!」
「……そう」
似合いそう、と言われたのがなんでか少し嬉しくて、無愛想な返事にならないように「そっか」と言い直した。
もう一度横へ顔を向けて景色を目に映す。
考え始めれば不安は尽きない。組織の目から隠れ続けられるだろうか。元の世界へ帰る方法を探し続けられるだろうか。そして、それはいつか報われるのか。
ただこうして風を受けていると────さっきまで私の頭の中を占めていたものは解決不可能な絶望の証左なんかじゃないと思えた。
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サラキ(プロフ) - 完結おめでとうございます。長期間の連載、本当にお疲れ様でした。とても素敵な作品を読ませて頂いてありがとうございます。これからも応援しています。 (2022年10月17日 16時) (レス) @page24 id: 8b491ab3be (このIDを非表示/違反報告)
m(プロフ) - 完結おめでとうございます。占いツクールでこの作品を投稿してくださり本当にありがとうございます。知ったのは遅かったですが、完結前に応援を出来たこととても嬉しく思います。 ほろにがクラゲ様 の今後の活動を心より応援しております。本当に長い間お疲れ様でした。 (2022年10月11日 17時) (レス) id: 0d9b393e0f (このIDを非表示/違反報告)
m(プロフ) - わざわざ返信ありがとうございます!ログインしていない時にコメントしたのでIDは違いますが、本人です。私も文を見返してアホだなぁと笑ってしまいました🤭 (2022年10月6日 21時) (レス) id: 0d9b393e0f (このIDを非表示/違反報告)
ほろにがクラゲ(プロフ) - mさん» コメントありがとうございます!そう言っていただけてとっても嬉しいです(~*ˊ꒳ˋ*)~ ちょっとでもリアリティを感じてもらえたらと書いております☺️すみません、突然の誤字にちょっと笑ってしまいましたw (2022年10月3日 10時) (レス) id: 5ce108a39e (このIDを非表示/違反報告)
m - 文、変に語彙ってしまいました。すみません🙇♀️ (2022年9月28日 4時) (レス) @page3 id: 721fbfd58e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ほろにがクラゲ | 作成日時:2022年9月27日 16時