メタ推理が役に立たないJK探偵の本懐【名探偵コナン】

Ep.143 長い長い夢の中 ページ43

「思いのほか目の調子が良くなくてな」

うまく言葉の出ない私に、父さんはなんでもないことのように言った。

「近いうちに使い物にならなくなると判断されたか……さっき言った研究機関とのやり取りが不審を煽ったのか……ま、両方ってとこだろ」

「組織を裏切るって本気だったの……？」

「いや、そうなる前にあちらへ帰るつもりだった。まさか断られるとは思わなかったんだ」

ぽつりとそう言った。

「お前もしらみつぶしに帰る方法を探してたからな。藁でも縋りたい心境は同じだろうと」

「……それは父さんのやり方が」

「ああ、オレが悪かった。親子であれ価値観まで似るとは限らん。ただな、言い訳に聞こえるだろうが、オレはずっと長い長い夢を見ている気分だった」

それはだんだんと独り言のようになった。

「どうにもそうとしか思えなかったんだ。取り巻く環境の全てが現実のものとは思えなかった。他人にかける情すらろくに湧いてこない。夢の中の人間に罪悪感を覚えるか？ 夢から覚めるためにそいつらを利用することを躊躇うか？ オレにとってはその程度のものなんだ、この世界は」

……ああ、そうか。

そういうことか。

この世界の誰も自分を知らない。それどころか、自分の知っている自分すら鏡の中にもいやしない。

それは私には理解できない孤独だ。

父さんも同じなんだ。私と同じかそれ以上の孤独を知っていた。

「けどお前は違ったんだよな」

「いや……正直私もどこか疑ってるような感覚はあるよ。違う点があるとすれば、彼らに感情移入してるところが元々あったんだと思う……」

雲が少し晴れて、揺れるプールの水面に丸い月が写った。

息を吸うと夜の匂いが肺を満たす。潮の香りはとっくに鼻が慣れてしまっていてよく分からなかった。

「私はもう、この世界の誰かを犠牲にしてまで元の世界に帰ろうとは思わない」

船の走行音と波の音、月明かり。眼差しの先に佇む男はしばらく何も言わなかったが、「そうか」と呟く一呼吸で、なにか他の言葉を飲み込んだようにも見えた。

「じゃ、話はここまでだ」

「私も父さんもこれからは組織を敵に回すことになるね。あーあ、先行きが悪いなんてもんじゃない」

「ああ……奴らから逃げるならひと月ごとに国境越え続けたって不安なくらいだが……世界中飛び回るついでに別の手でも探してみるか」

「ついでかよ。お母さんに会う気とかないの」

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