Ep.48 調査員 ページ48
背を向けた私は、軽くも重くもない足取りでロビーへ向かった。
そこから女性用トイレに入ってすぐ、正面に見えたのは、曇りひとつない鏡。手洗い場の照明は煌びやかだが、その下に立つ私はやたらと強ばった表情をしていた。
一人になって息をつく。無意識に入っていた力は抜けていくが、灰色の感覚が際立って胸にじわりと拡がった。
初めから自覚していた感情だ。
なのに、今更気付くなんてどうかしている。
想像より強く私自身の心を支配し、知らぬうちに自意識を蝕むほどの想いが、まさか単に───単に、
「……お母さんに、笑われるな……」
────────
彼女は突然席を立った。
レストルームの方へ向かったように見えたが、あの様子ではお手洗いに行きたかったわけではないだろう。元々化粧をしているふうには見えなかったから、化粧直しでもない。
「なんだ……? ボク、マズイこと言ったかな……」
テーブルに伏せられたままのスマートフォン。誰かと連絡を取りに行ったわけでもなさそうだ。
それをなんとはなしにじっと観察していると、ハードカバーに空けられたカメラレンズ用の穴から、白い紙片の端が覗いていた。
持ち主には悪いが、どうしても気になって手を伸ばした。
はめ込み式のスマホカバー裏にカードや非常時用の紙幣を挟んで持ち歩く人はよくいる。あえていざと言う時に使えるものを入れるのは、そもそも頻繁に外すことを想定していない場所だから落としようがない、という安全性からだろう。
もし連絡先のメモでも挟まっていたら、彼女の言葉の本当の意味を……真意を知ることができる足がかりになるかもしれない。
角に指をかけて不透明色のカバーを端末から剥がす。
「おっと……」
滑るようにしてハラリと名刺サイズの紙が数枚、テーブルに散らばった。下に落ちていないか確認してから、そのうちの一枚を拾い上げて、手元で裏返す。
よくある白いマット紙にやや癖のある明朝体のフォントが踊っていた。
やっぱり、名刺か。思ったより有力な情報かもしれない。予想以上の手応えに笑みが零れかけた時、その内容に目を奪われた。
怪訝さに思わず眉をひそめる。
確かめるようにその文字を声に出して読み上げた。
「……A
ついさっき聞いたばかりの名前。
これは紛れもなく、彼女自身を表すカードだった。
「彼女は……探偵、なのか?」
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ほろにがクラゲ(プロフ) - カミレさん» 以前から!ありがとうございます🙏😊✨自分が好きなものをずっと書いてますが、喜んでくれる方がいると思うととっても嬉しいです…!✨ またよろしくお願いします! (2021年11月2日 15時) (レス) id: 353f334da7 (このIDを非表示/違反報告)
カミレ(プロフ) - 以前からほろにがクラゲさんの作品が大好きです。久しぶりに占ツクに来てみたら、新しい作品があってとっても嬉しいです。お話の構成とスピード感、尊敬してます。今回も面白いお話をありがとうございます! 応援してます! (2021年10月29日 14時) (レス) @page14 id: 6ee71cea05 (このIDを非表示/違反報告)
ほろにがクラゲ(プロフ) - ふれあさん» コメントありがとうございます!ホントですか…嬉しいです…🥺更新頑張ります! (2021年10月24日 17時) (レス) id: 353f334da7 (このIDを非表示/違反報告)
ほろにがクラゲ(プロフ) - 鈴凛さん» コメントありがとうございます!お好きと言っていただけると自信になります…✨✨ (2021年10月24日 17時) (レス) id: 353f334da7 (このIDを非表示/違反報告)
ほろにがクラゲ(プロフ) - snowcatさん» コメントありがとうございます❗あっという間…好み…とっても嬉しいです…😊✨これからも頑張ります! (2021年10月24日 17時) (レス) id: 353f334da7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ほろにがクラゲ | 作成日時:2021年9月7日 21時