Ep.50 探偵 ページ50
静まり返る空間。足音ひとつ、衣擦れの音ひとつなく、呼吸さえも止まったかのようだった。
歓談の声たちが、関係のない世界の話で愉しそうに笑っている。定間隔に設置されたウォールランプがおぼろげな放射状の模様を周囲に落としている。
彫刻刀のキャップがカーペットの上を少しだけ転がって静止した。
逆手に持った刃の先端が男の首筋に沿ってぴたりと止まっている。背後から手を伸ばして、目線より高い位置にある動脈を狙い、もう一方の手で男の肩を掴んだ。
「……これ、学校の備品だからさ。汚したくないんだよ」
男は振り向かない。声も上げず、泣きも笑いもせず、動揺すら見透かさせない。反応のない背にAは重ねて言葉を投げた。
「なあ、朝から見てただろ。何者? どこの誰? 私に何の用?」
「……悪いが、言っている意味が……」
「いいから」
「………………ボック」
「は?」
「だからボックだ。そう呼ばれてる」
「ボック…………って、それ────」
Aが動揺を見せた次の瞬間、男は首元に添えられた手首を掴みにかかった。武器を押しのけられ、次に力づくで奪われ、利と逃げ場がなくなる。そう直感したAも一拍ののちに動き出した。
掴まれる前に小刀を捨て、同時に身を引いて逃れようとする。だが男の振り向きざまに片手を捕まえられ体のバランスを失いかけた。
完全に片腕を取られれば身動きが取れなくなる。尾行が頓挫した途端に強硬手段か。
「ッの野郎……」
短く毒づいてフッと膝の力を抜いた。
予想外の重心変化に、今度は男の体勢が崩れる。半ば仰向けになった状態で足を振り抜いて相手の顎先を蹴飛ばす。……が、すんでのところで男が腕を上げ防御の姿勢をとった。
ならば軸足の脛を肘で打ち抜こうとモーションをかけたとき、右腕が靴底に踏まれ、左肩を手のひらで掴まれ、勢いのまま後頭部を薄いカーペットに打ち付けた。
「ッ…………!」
脳が揺れて視界が回る。白昼夢じみたゆらめきの中に、薄茶色のサングラスが目と鼻の先でこちらを見下ろしていた。
ボックは口の端から愉悦を洩らして言った。
「ククッ……まさか実戦になるとはな……」
「……」
「なあ、オレは馬鹿正直に答えたんだ、お前だってヒントくらいくれてもいいだろう……。お前は何者だ?」
逡巡する間があった。落ち着いた呼吸が二度、三度と繰り返され、張り詰めた空気に溶ける。
奇怪なほど静かな声で告げた。
「探偵」
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ほろにがクラゲ(プロフ) - カミレさん» 以前から!ありがとうございます🙏😊✨自分が好きなものをずっと書いてますが、喜んでくれる方がいると思うととっても嬉しいです…!✨ またよろしくお願いします! (2021年11月2日 15時) (レス) id: 353f334da7 (このIDを非表示/違反報告)
カミレ(プロフ) - 以前からほろにがクラゲさんの作品が大好きです。久しぶりに占ツクに来てみたら、新しい作品があってとっても嬉しいです。お話の構成とスピード感、尊敬してます。今回も面白いお話をありがとうございます! 応援してます! (2021年10月29日 14時) (レス) @page14 id: 6ee71cea05 (このIDを非表示/違反報告)
ほろにがクラゲ(プロフ) - ふれあさん» コメントありがとうございます!ホントですか…嬉しいです…🥺更新頑張ります! (2021年10月24日 17時) (レス) id: 353f334da7 (このIDを非表示/違反報告)
ほろにがクラゲ(プロフ) - 鈴凛さん» コメントありがとうございます!お好きと言っていただけると自信になります…✨✨ (2021年10月24日 17時) (レス) id: 353f334da7 (このIDを非表示/違反報告)
ほろにがクラゲ(プロフ) - snowcatさん» コメントありがとうございます❗あっという間…好み…とっても嬉しいです…😊✨これからも頑張ります! (2021年10月24日 17時) (レス) id: 353f334da7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ほろにがクラゲ | 作成日時:2021年9月7日 21時