狂犬

32話 ページ33

部屋に入ると、窓辺で煙草を吸っているAが居た。左馬刻は久しぶりに目にしたその存在に、胸の奥が熱くなるのを感じた。

たった1週間。けれど、とても長い時間だった。

｢…鬼久呂、席外せ｣

｢はい｣

左馬刻とAを残し、鬼久呂は退室する。数秒の沈黙が左馬刻の鼓動を更に加速させた。

煙を吐き、Aは外に目をやりながら左馬刻に座るよう命じた。
左馬刻は素直に従い、質のいいソファへと腰を下ろす。

それを確認したAは、煙草を灰皿へと押し付け左馬刻の向かいへ腰を掛けた。

｢久々の再開…で、悪ぃが聞きたいことがある。
お前、クソみてぇな親父が殺 された瞬間…どう思った?｣

｢…は?｣

何だその質問。

そう聞き返したかったが、それを左馬刻が言う前にAは話を続ける。

｢俺的には、お前の親父にムカついてたから清々したぜ?
あぁでも、殺 した張本人である母親は最悪だっただろうな。
息子が犯 されてるのを目撃して、一度愛した男を手にかけ、そして最後は自分で……。は…はははっ、いやぁ〜……

かわいそ｣

ヘラヘラと笑いながら話すA。
最後と言葉をきっかけに、左馬刻の中で何かが切れた。

｢テメェ……何笑ってやがる｣

間にあった机に乗り上げ、Aの胸ぐらを掴みあげる。鼻同士が触れる寸前の距離。
しかし二人の間に甘い空気なんてものはなかった。

｢んだよ、キレたのか?｣

挑発するその目に、胸ぐらを掴んでいる左馬刻の手に力が入る。

｢っ……巫山戯てんじゃねぇよ。俺がっ……俺が今どんな気持ちで…!!｣

｢知らねぇし興味ねぇ｣

先程までとは違い、冷たい声に鋭い目。
左馬刻は喉が詰まってしまった時のような、息苦しさを感じた。

｢……はぁ……もうお前、飽きたわ…｣

｢え｣

胸ぐらを掴んでいた手を握られ、無理矢理離される。

｢犬、解消な。‘碧棺’｣

｢は、なんで…｣

｢なんでって、お前を縛るもんが一つ無くなったし……あとは単純に‘飽きたから’｣

力無く左馬刻は机の上に座る。
飽きた、その言葉が頭の中を支配していた。

｢縛るもんって…｣

乾いた喉から出た言葉はそれだった。
Aは煙草を取り出し火をつけ、その質問に答える。

｢最初に言ったろ?

妹と母親｣

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