桑名江 ページ12
彼がこの本丸に顕現した時、審神者であるAは驚きを隠せなかった。
以前に伝えられた内容では、前髪が長くて目ま
で隠れていて、口元は固く結ばれ、とっつきに
くさを感じる風貌であった。
前髪が長いのはその通りだったのだが、穏やか
なその性格は想像していなかった。
柔らかな物腰の彼は早速畑当番でその力を存分
に発揮している。本丸の皆とも仲良くやってい
るようだ。
彼の瞳を見たのは一度きりだった。
ある日の比較的苦戦した戦い。敗北はしなかっ
たものの、重傷者を多く出した。
勝利できたのは桑名江の真剣必殺のおかげだ、
と同じ隊の短刀が言っていた。確かに彼のパー
カーは破れ、ゴーグルは割れていた。とても申
し訳ない気持ちでいっぱいになり、すぐに空い
ている手入れ部屋に土枕と一緒に放り、手入れ
に取り掛かった。
手伝いの妖精たちが審神者を助けて刀のほころ
びを治していく。手入れにはかなり時間がかか
りそうだ。
「ゴーグルの破片、目に入ってませんか?」
そう尋ねると、彼は目?ときょとんとした表情
を浮かべた。この様子だと入ってはいないだろ
うと思ったが、彼のことだ。分からない。
「ちょっと確認させてもらいますね」
Aは彼の前に座り、前髪をそっと持ち上げ
た。
その瞬間、妖精という妖精が全員その場から消
えた。手入れ用具だけがいくつも床に転がる。
「え…?」
「…えーっと」
「あ、すみません」
妖精のことが気がかりだったが、今はとにかく
彼の手入れに集中すべきだ。Aは桑名江の
瞳を覗き込んだ。
黄色がかった瞳がAを見つめる。A
は何とも言えない感覚を覚えた。このままこの
瞳に吸い込まれてしまいそうなくらいの強い力
が感じられた。
Aは彼の瞳にゴーグルの破片が入っていな
いかだけに全ての集中力を注いだ。そうするこ
とでこの場所にとどまっていられるような気が
した。
「…入ってなさそうですね。ご協力ありがとう
ございました」
そういってAは前髪を下ろした。その瞬
間、ピンと張りつめていた辺りの空気が、急に
糸がプツンと切れたようになった。穏やかな空
気の流れの中でAの心臓だけが早鐘を打っ
ている。
長いこと審神者をやっていて忘れかけていた。
彼らは人ではない。神ということを。
「うーん、ダメかぁ……」
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作者名:ホタルイシ | 作成日時:2018年10月10日 18時