朧気な ページ4
・まるで御伽噺みたいな出会いだった。
傘を盗まれて、当たり屋に転ばされて、惨めな格好で座り込んでいた私に、湊くんは手を差し出した。魔法にかかったみたいに手を伸ばせば、彼は握り返して立ち上がらせる。そのまま彼の手に引かれていれば、いつの間にか不破湊のオンナになっていた。………本当にあっという間で、瞬きの間みたいに一瞬で。私はお姫様になった気分で彼を見つめた。彼はもちろん完璧な王子様だった。
｢Aちゃん｣
｢……………なぁに？｣
微睡みから覚める。彼のスーツが細部まで明瞭になって、カーテンの隙間から差す光が彼の美しさをより際立たせる。湊君は明るい場所でもよく似合うなぁってぼぅとする頭で考えた。不明瞭な頭でも、私は貴方のことが好きって、思えた。
｢俺このまま仕事行くけど、Aちゃんは好きな時間に帰りなね｣
｢うん。いってらっしゃい……｣
｢ふは、眠い？｣
｢………んー。もう起きるよ｣
｢ねぐせ｣
彼の指先が私の頭部で滑った。ふわふわと無重力を漂う毛先を数度抑え、全然直らんなぁって彼の手は離れた。どうやら最後まで面倒は見てくれないらしい。
私の幸せは、そこで一時停止してしまった。
｢……ふふ｣
｢お、笑った。ご機嫌やねぇ｣
｢湊くんのおかげかなぁ｣
湊くんのおかげで、私は幸福な世界に似合わない人間ってことを実感させてくれる。私が身の程知らずに生ぬるい世界に浸ることを許さない人間に、ちゃあんと指を指してもらえる。
じゃあ行ってくるねって背を向けた湊君に、最後にもう一度、行ってらっしゃいって言う。私は彼にいってらっしゃいと何度でも言うけれど、きっとおかえりなさいを口にすることはないのだろう。振り返って手を振る湊くんは呑気な顔して、私が本当の君に気づいてるとも知らない、ばかな人。どうしてこの人を愛したんだろうって思えば、きっと長くなるから考えない。
完全に扉が閉まって、私はベッドから出た。メイク落とさなきゃ。何もしていないように見えて、汚い部分は全て隠している、この肌。下地、ファンデーション、パウダー。特に汚い部分はコンシーラーを合間に馴染ませれば、ほら、綺麗な私になれる。それを落とすと、本来の私がまた帰ってくる。寝癖は水で濡らしてクシで数回とけば直ぐに治った。虚しいなぁ。何でも一人でできちゃう。
｢……かえろ｣
帰ろう、私だけの居場所に。
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ひな(プロフ) - ぴた様の書かれる言葉や文が大好きです。素直に好きだという２文字しか出てきません。胸焼けしてゆくみたいに心の底からすごいって思います。お話が面白くて、語彙力が高くて、キャラ像が崩壊しなくて、いい意味で胃もたれしました！ありがとうございました！！ (5月9日 1時) (
レス) @page50 id: 1ddf176c35 (このIDを非表示/違反報告)
弓月有無％(プロフ) - 完結おめでとう御座います！！世界線も繋がってるの面白かったですし、やっぱり惹かれる様な題名や言い回し、表現の仕方 物語で毎回どきどきします！後書きまでも共感しましたし＋αも本編も迚も胸に残る様な感じで印象深く本当に素敵でした!是からも応援しております！ (3月28日 21時) (レス) @page50 id: 1ab55170b6 (このIDを非表示/違反報告)
ぴた(プロフ) - 桃花さん» コメントありがとうございます。とても嬉しいです。これからもどうかよろしくお願いします🫶 (3月13日 23時) (レス) id: 2515d01abe (このIDを非表示/違反報告)
桃花 - めっちゃ面白いです！作者さんの作品好きで全部見てるのですが、この作品が特に好きです！ドロドロとした関係で、ストーリーめっちゃ考えられててすごいなって思います。 (3月13日 23時) (レス) @page41 id: 395406b1cf (このIDを非表示/違反報告)
ぴた(プロフ) - しずくさん» コメントありがとうございます💓これからも楽しんでいただければ嬉しいです！ (3月8日 23時) (レス) id: 2515d01abe (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：ぴた
| 作成日時：2023年12月15日 16時
