その強さが ページ16
12月も下旬に差し掛かるころ、先輩は初めて私の部屋に足を踏み入れた。お茶を用意してキッチンから先輩の元へ戻ると、彼は少し居心地悪そうにソファに座っていた。隣に座るのは緊張するから先輩の足元に腰を下ろしたけど、すぐに先輩は私の腕を引っ張って隣に座らせた。
「僕は女の子を地べたに座らせて平気なほど薄情な人間じゃないからな」
そういう細かな優しさとか言葉遣いとかが、どうして彼を好きなのかを一から思い出させてくれる。私はそんな先輩にに言わなければならないことがあって、その雰囲気を感じとったのか、先輩は口を結んでじっと、私の言葉を待った。
「刀也先輩。私、マリカ杯が終わったら伝えなきゃダメなことあるって言ったじゃないですか」
「うん」
「……先輩、私」
声が震える。今考えれば一人で歩くって難しいことじゃないのに、150年前の私にとっては、未知の世界みたいなことだった。でも、そんな私に歩き方を教えてくれた人がいる。私は先輩の瞳を、睨むほどの勢いで見つめ返した。食んだ空気が舌の潤いを奪う。迷うほど、私の中で決意は柔くなかった。だから私は笑えるんだ。
私ね、遠くに行くことにしたんです。
先輩が何も言わないから、私は次の言葉をと口を紡ぐ。でも広まった瞳孔が、音のない空間に先輩の感情を顕著に表してくれていた。
「世界を、この目で見てこようと思います。この目で様々な景色を見て、人と接して、もしかしたらあんまりにも素敵な国や人と出会ってもう日本に帰って来ないかも知れません。……ふふ、それは冗談です。留学なので必ず帰ってきますよ。でも、もしも色んな物に見てきて、触れても。刀也先輩が一番好きって思ったら、また貴方にプロポーズしに帰ってきます」
先輩を私に閉じ込める権限はない。先輩が私に抱いてくれた今の感情を失ってしまうとしても、私は選択を覆さない。そうなってもいいほどの思い出を、私は沢山もらった。そしてここに置いて行く。
先輩は依然と私を見続けていた。そして、ゆらりと揺らぐ瞳が、ふ、と狭まって色濃く光る。
「いらない」
先輩の中で、何かが固まったような声だった。
「その時は僕が言うから」
「………沢山待たせますよ。もしかしたら帰ってこないかもしれないんですよ」
「別にいいよ」
何があっても僕はAが好きだから。それをこの五年間で、他でもないお前が証明したんだろ。
最初から持ち合わせるその強さが、私は心底羨ましかった。
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シィ(プロフ) - きゃーなんて綺麗な声ではなく悶えるような声を発しながら楽しく読んでいたら気づけば無言で涙ボロボロで読んでました。後日談とか勝手に考えてさらにもーッ!!!って気分です。最高でした。 (4月2日 2時) (レス) @page49 id: 45c181e6d5 (このIDを非表示/違反報告)
あや(プロフ) - 数時間で一気読みしました。長い長い映画を見たような気分で、ずっと泣いています。「二次創作」や「夢小説」の一言で片付けるにはあまりに勿体ないほどの作品でした。本当にこの作品に出会えてよかった! 現世でも来世でも、さくらもちに幸あれ!! (3月28日 23時) (レス) id: 50bb1a18fa (このIDを非表示/違反報告)
紫月とと - 初めて拝見してから一気見をしてもうボロボロと泣きっぱなしでした笑 こんなにも綺麗な恋があるのだろうか、と夢を見させて頂きましたし、何よりも二人の気持ちが尊すぎました😿🤍 さくらもちに永遠の幸あれ! (3月28日 15時) (レス) @page49 id: 5d87268641 (このIDを非表示/違反報告)
なえ(プロフ) - コメント失礼します。今日(昨日)初めて見てそのまま一気見したのですがここまで大号泣した夢小説は初めてです。軽い気持ちで臨んだのに…とてもよかったです。さくらもちお幸せに! (3月25日 1時) (レス) id: a0bf3e5ea8 (このIDを非表示/違反報告)
るるなる(プロフ) - 完結おめでとうございます、今目の前が見えないぐらい号泣しているのですが、、。幸せな気持ちでいっぱいです。長期連載お疲れ様でしたこれからも何回も見返します。そしてこれからも150年も幸せであれ!さくらもち!! (3月6日 21時) (レス) @page49 id: e4083c598e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ぴた | 作成日時:2023年11月19日 17時