迎え ページ27
カラン、軽い音が鳴った。程よく空調が効いた店内の隅が、私たちの特等席。……ピスサイ君はいない。当たり前だ。今日は第一第三金曜日でもなければ、5時でもないし。それでも席に座れば、閉店間際だというのにお気に入りのコーヒーが運ばれてくる。
………味も、景色も、マスターも何も変わらない。変化を何より恐れる私はいつもそれに安堵するけど、これから変わる私にとっては、それはかえって虚しさとなって脳を食い潰した。
こんな時連絡出来る誰かがいたら、って思う。唯一思い浮かんだピスサイ君でも、彼の連絡先なんて知らないし、したところで来てくれる保証もない。……でもきっと、来てくれるだろうな。彼はとびきり優しいから。
「………ピスサイ君」
今になってやっと、私は君と過ごす時間がどれだけ己の支えになっていたかを思い知る。
「お客さま」
「マスター?……あっ、閉店時間ですか、」
「いえ。こちら、待ち合わせのお客さまからです」
「……?、あの、私待ち合わせはしてないんですけど……」
「いいえ」
マスターは有無を言わせぬ声色で言い切った。
「……いつもお連れのお客さまに、貴方がいらっしゃった場合にはコーヒーゼリーを付けてくれとご注文を承っておりますので。ごゆっくりどうぞ」
「え、?」
照明を反射するコーヒーゼリー。……注文って、オマケじゃなかったってこと?でも私、いつもコーヒーゼリー分のお金は払ってない。
「……もうすぐいらっしゃると思いますよ」
「え、あ。マスター!?」
私の呼び掛けに気づかないフリして、マスターはいつもの定位置に戻っていく。私は引き留めようとした手を下げて、頭を抱えた。何も考えたくないのに、考えることばっかりだ。
スマホを開けば開きっぱなしのTwitter。途中になっていた呟きをそのままツイートして、十秒も経たないうちに増えていくハートを眺める。リプ欄に並ぶ言葉たちが、今はとてもおぞましく思えた。
私が辞めるって知ったら、一体この中の何人が悲しんでくれるのだろう。何年引きずってくれるのかな。インターネットの世界で活動を辞めるという事は、ファンにとっては私が死んだも同然の事だろう。紫牙Aという存在だけを愛して推してくれた人はいるのかな。
………いないだろうな。私は、誰かの替えのきく消耗品でしかないから。
「目、腫れてる」
私はピスサイ君の何番目なんだろ。彼が大切になっていく度、そう思ってしまう。
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あやせ - 完結おめでとうございます!面白くて大好きです! (3月7日 8時) (レス) @page43 id: 22218ac678 (このIDを非表示/違反報告)
利き手(プロフ) - あぁ...タイトル回収......完結おめでとうございます!!すごく!!すごく面白かったです!、!!!! (8月20日 9時) (レス) @page44 id: fbcc91bb13 (このIDを非表示/違反報告)
ラク - 完結おめでとうございます!!fsmもpssiも作品があまりなかったので最高の作品に出会えて嬉しいです!素晴らしい作品をありがとうございました! (8月14日 23時) (レス) @page44 id: b973ae7cca (このIDを非表示/違反報告)
ぴた(プロフ) - ハルトさん» 楽しんでいただけて何よりです〜!長い間ありがとうございました!過去にも何度もコメントして頂けていて、心の支えでした……こちらこそありがとうございました〜! (8月14日 21時) (レス) id: 2515d01abe (このIDを非表示/違反報告)
ぴた(プロフ) - 落ち椿さん» コメントありがとうございます!初期の方からずっと見ていただけて、とても嬉しいです。fsm夢はもっと増えてほしいですよね!笑。嬉しいお言葉本当にありがとうございます〜! (8月14日 21時) (レス) id: 2515d01abe (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ぴた | 作成日時:2023年4月9日 19時