変わらなくても ページ5
「国見ちゃん、良かったの?」
突如、及川さんの声が聞こえてきた。後ろを振り向くと、ダウンコートにジーパンという、洒落た格好で立っている及川さんがポケットに手を突っ込んで立っている。
ここにいるにはタイミングが良すぎるような気もするが、そんなことはどうだって良かった。及川さんに、良かったの? なんて言われる筋合いはどこにもない。
なぜ、そんなことを言うのか真意がわからない。内心首をひねっていると、こう言われた。
「国部さん、引っ越すんだってさ」
「……ぇ……?」
振り向いた時に俺の目に映った及川さんの顔は、行ってこい と言っていて、及川さんの目に映った俺の顔に、迷いはなかった。突然魔法にかけられたように、俺は走り出す。
まだ状況がわからない金田一と、食えない笑みを浮かべている及川さんをその場に残して。
「及川さん、なんで知ってるんですか?」
「いとこだからね。納得した? 金田一」
「雰囲気がそっくりでした」
「なるほどね」
シンデレラを追いかけた王子様の気持ちは、こんな感じだったのだろうか。俺のシンデレラは靴を落として行かなかったけど、靴の跡を残していた。
まだ少しだけ残っている雪の上に、小さな足跡が残っている。中学入学時に買わされた、学校指定のブーツの跡が地面にくっきりと刻まれていた。
「国部!」
「え、先輩!?」
俺の顔を見た国部は、なぜか反射的に走り出した。国部は去年から美術部だったはずだが、恐ろしいくらいに足が速い。それでも普段から走っているだけあって、追いつくのは容易かった。
その小さな肩を俺が掴むと同時に、国部の足もピタッと止まる。もう逃げ出そうとしないことを確認しつつ、俺は質問をぶつけた。
「……なんで逃げるんだよ」
ため息混じりに出した声は、すぐに冷たい空気と一体化していく。慣れない全力ダッシュに体がついていかなかったのか、国部は息も切れ切れに、国部らしく堂々と言い切った。
「あんだけかっこつけといて、恥ずかしいじゃないですか」
だから、この後輩が嫌いに慣れないのだ。自分を隠すことなく俺にぶっつけてしまうようなこいつが。
国部が国部らしく言い切るなら、俺も俺らしく返してみようか。それとも、少しかっこつけて言ってみようか。迷った末に、俺は頰を持ち上げて笑った。
「魔法が解けても、靴を落とさなくても、見つけてやるよ」
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すず - めっちゃいい話でした! (2018年11月3日 18時) (レス) id: a841e08a2e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:あべかわもち | 作者ホームページ:
作成日時:2018年11月3日 16時