Tennis match No.57 ページ8
目の前の彼の雰囲気が変わる。ただ単に彼女に妄信的では無い様子というのは分かる。眼鏡のブリッジを押し上げる時の指先が微かに揺れた。
「…それは、どういう？」
「聞きたいですか？」
「…中途半端にするのは些か宜しくありませんね」
この答え方はおおよそ、肯定を示している。世の中には肯定や否定を真っ直ぐに伝える事を苦手とする人間もいる。まどろっこしい。そう思いながらも、狼狽を露にする柳生クンに事の発端から原因までを全て話す事になった。それを聞かせた後で、彼をわざと俺達の敵の中に放す。…どうなるか、楽しみだ。
─ Side of 向坂A ─
日が昇ってから、三船コーチの厳しい特訓は再開された…のだが。私は未だに冷え切った身体を自分だけの熱で平均体温まで戻す事ができていない事で中学生達のジャージを預けられてしまった。…言いたい事は、早く体温を維持できるだけになれという事だ。だけど、体温が戻らないなんて事が今までに大した回数が無い。ロシアにいる頃は身体が寒さに慣れていなくて何回かあったけれどそれをノーカウントにしてみれば日本では低体温症の様な症状を出した事が無い。…そういえば、山に放り投げられた時には変に朧げな記憶しか無い。山に放られたなあ、くらいにしか思っていなかった様な気がする。薬でも一服盛られたかな。
「…睡眠薬、なんてそんな可愛いものなら良いんだけどな」
嫌な予感しかしない。合宿所に戻ったら白石くんに聞いてみないと。ひょっとしたら…なんて。一回だけ注意された事があるから、念の為。そんな事を考えながら、裏コートで続けられているラリーを眺めていた。何でも、私がここにいるから特訓のノルマが緩んだらしいけど、ラケットだって持たせて貰えなかったのはちょっと意外だった。三船コーチもとことん私に甘いと思う。まあでも、私も幼馴染も、白石くんや奏多もそうだから人の事は言えないんだけど。…私が脱落組として特訓していた頃もラケットは握ってなかった様な気もするけど、それは基礎体力や筋肉量を増加させる為のトレーニングだったと考えると…まあ、納得せざるを得ないけど。
「おねーさん」
「…結局その呼び方は変わらないんだ？」
「だって俺より年上でしょ」
「…そう思うなら敬語使えば良いのに」
「ヤダ」
「我儘かな…」
「そうじゃない。けど…」
ラケットを片手に近付いてきたリョーマは、問い掛けに言い淀んでいた。
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作者名：藍梓 | 作成日時：2017年12月14日 23時
