Tennis match No.90 ページ41
─ Side of 向坂A ─
暗い、暗い闇の中。暖かいとも寒いとも感じない可笑しな空間。イップスの術中に嵌って、私の身体も彼の身体も、もう立ってすらいないのは最後に見えた視界で分かっている。重力に従うまま崩れ落ちて、立ち上がれないのは…私じゃ、無いと思う。辺りを見回しても一面暗い世界で、彼の姿を探す。同じ場に居るとは限らない、だけど探さなければいけない気がしたんだ。
…闇の中を歩いている、のだろうか。動いているという感覚も無く意識体を揺らしているだけだから曖昧で、分からない。酷い程にメンタルが折れてしまう前に彼と共にこの窮地から立ち直らなければいけないのだが、その彼が見当たらず探し回る事に。歩くだけじゃ彼等との勝負に負けて終わってしまうと思うと、気持ちは急く。走っているつもりで辺りを見回すと、頭上や私の横、斜め、色々な所に点々とした光が現れ始めた。その光に触れると、鮮明になる色が彼の記憶である事を私に理解させてきた。
テニスに初めて触れた瞬間、テニスを楽しいと思えた瞬間、テニスをする上での悔しいと感じた瞬間…様々な、記憶が此処に浮いている。中には、私に出会った時の記憶もあるし、彼がテニス部の部長になった時の責任感に押し潰されそうだったという、本人からしたら知られたくないものになりそうな記憶もあった。…今の彼は、何から逃げているのだろう。
彼の記憶を見る事を止め、それらを引き連れながら走る。息が切れる事も無かったけれど、声が出ないと事と途中で気付いて、彼を引き戻せるのかが不安になった。だけど、止まったら後悔すると直感に頼って走り続けた。
暗まり続ける視界から闇を払い動きまわる内、頭を抱えて蹲る彼を…蔵を、見付けた。彼に一歩近付く度、彼の強い拒絶を心で感じては足が竦む。だけど、止まるなんて、もう出来なかった。
(…何の為にテニスを続けてきたの、君は。)
(楽しいから続けてきたんじゃないの、勝つ事にこだわり続けるのも良いけれど…純粋に楽しみたいからじゃないの？)
(…負けるのが怖いのは誰だってそう、やり切れない不安も、君が後輩や仲間を率いている間にも…色々と思う事はあった。分かってるよ、そんな事くらい。)
(そんな君を、私は支えたいと思った。純粋に、そして気付いたのはやっぱり好きって、一つの感情。…蔵だから、私は好きになったんだよ。)
…届け。
そう思って、腕を伸ばす。
頭を抱える彼に、手を差し伸べる。
「私と、テニスを続けよう」
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作者名：藍梓 | 作成日時：2017年12月14日 23時
