Tennis match No.77 ページ28
流石にもう慣れてくれたとは思うけれど、未だ気にしてるんじゃないのかって裕に言われた時は驚いたなあ。永四郎本人はそもそもそんな事が私に伝わっている事自体を知らなさそうだけれど。
そんな永四郎はともかく。発音するのに五文字を要する白石くん、もとい、蔵を渾名というものを介さずにフルで呼ぶのにはコンマ何秒かの時間が掛かる。彼の言葉を代用すると無駄が多い。彼はそれで良いと頷いてくれた、だけど実際はそういう呼ばれ方に慣れていないのではないかとも思う感情は脳裏と内心を過った。
「…うん、寝不足だろうけど、ごめん」
「Aさんは謝らんでええ、元は俺が勝手にやった事やし」
「それでも、って言うでしょ。伊達に日本から離れていた訳じゃないから、つい日本の人間らしくしたくなるんだ」
見上げた先の蔵の表情は、どうにも切なさを帯びるている。彼は心配がよく前に出てくる人間だ。永四郎や裕、奏多の様に。柳生くんに関しては未だ分からない事があるけれどそれでも彼が悪い人間だとは思ってもいない。そもそも、彼女に魅了されている彼等も上部を信じたいが為というのは分かっているから善し悪しだとかは言うつもりが私の中に無い。それを私に代わって怒ってくれる革命軍や、四人にとても大きな感謝を覚えているのも、事実。
「もう終わりにしようか、今日で。連鎖的に誰かが狙われるのは私が嫌だから。…そんな独り善がりに巻き込んで、申し訳無いと思ってる」
「…Aさん…」
「さ、私は先に軽く朝食摘んでからコートの方に出るから戸締りは宜しくね」
そっと、目前の彼の頬へ掌を伸ばして一瞬だけ撫でる。その一度の動作だけで微かに目許を染める蔵に気分は浮き上がるけれど、その気分を締めてから私自身の表情を緩めて見せた。内心に現れる、予想のタイムリミットと感情は誰にも見せる事無く瞳を瞬かせて笑みを咲かせる。迷惑を掛けたくない一心の行動が彼等を不安にさせているのは分かるけれど、だからといって寄り掛かったままで居るのは私のプライドが許さなかった。
ごめんね、と口には出せず、蔵の側を通り抜ける。その時の彼の表情も、最後に視界に映った永四郎や柳生くんの姿も奏多の不安そうな表情も、全てを瞳の奥に焼き付けて私はラケットを片手に部屋を抜け出した。
彼女の言うリミットとは別物の秒針を刻む音が、やたら頭に木霊した。その木霊の意味が、今は分からない。すぐ側に、本当の意味が佇んでいる様な気がするのだ。
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作者名：藍梓 | 作成日時：2017年12月14日 23時
