Tennis match No.76 ページ27
蛇口を捻って、朝の空気で冷え切った水を出す。そっと両手で冷たい水を掬い、顔を洗う。掌で感じる冷たさは顔に触れると尚も冷たく感じるから、余り好きでは無い。だけど、目が覚める実感が出来る部分ではとても、嬉しく思う。…そんな事を考えるのは私くらいだと、少し前に言われた様な気がするけれど、どうだったかな。クリアになった思考のまま、フェイスタオルを引っ張り出して顔を滑る水滴を拭う。その後、化粧水を少量だけ掌に出してはゆっくりと馴染ませて顔に伸ばしていく。水だけじゃ少し荒れる肌を潤し切れなかった分、やはり化粧水の力はあるのだろうと考えて、肩を竦める。特にメイクを施す必要性は無い。いずれテニスをして汗を流すのだから、すぐに落ちるメイクに用は無い。私はその考えを持つのだけれど…あの子はどうだったかな。確か、メイクは完璧にしていなかったか。
「意味の無くなる事をする、必要性」
「Aに道化になるメイクは必要無いよ」
「…奏多」
ぼそりと呟く一言に対して返って来た答えはどうにも的を射ている上、演技が得意な彼が言うのだから本当に必要が無いのだろう。…ちょっと複雑な部分はあるけれど、私なりに納得して今こうしているのだから…。
「そうやって不必要に暗くなるのは君の悪い癖」
途端近付く彼の声は、耳許に聞こえる。背に感じる温もりからするとまた彼に抱き締められているのか。他の子達の目が痛いから見付かったらまずいのに。と、私が考えると。
「入江サン、彼女から離れて欲しいんやけど」
「へえ、言うじゃないか。そんなに彼女が大事なのかい？」
「当たり前やないですか。俺だけやなく、木手クンも、柳生クンも…そして入江サンも。せやから、Aさんの味方しとるんですよ」
言い切る白石くんが私を見詰める瞳は強い意志に溢れている。…そんな純粋性に、凶暴さを飼う彼の内心に何が宿るのか。するりと解かれる奏多の腕は所在無さそうにするも、白石くんの側を通り抜ける際には彼の肩に掌を乗せていたから、大して敵対心がある訳でも無さそうだ。
「…白石くん、名前で呼んでくれるんだね」
「…そら、追い付かんとあかんし」
「充分追い付いてくれてる。…色々な意味でね」
「Aさんも、俺ん事は名前で…」
「…蔵、で構わない？」
彼の名前、裕と同じで少し長いから頭の文字だけで。永四郎に関しては呼び方が無い気がしてそのままが定着しちゃったんだよね。その辺り、本人は気にしてるみたいだけど。
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作者名：藍梓 | 作成日時：2017年12月14日 23時
