Tennis match No.69 ページ20
木手君から彼女の過去から何までを聞いていたから私は向坂さんを信じられるが、他の中高生はどうなのか。恐らくは、ナタリアさんが言った事を鵜呑みにして向坂さんを傷付けていたのだろう。昔からあんな感じであった、なんて話も間接的に聞いてはいた。…なるほど、残念だ。彼女がテニスをする人間だという話は耳にするが今の振る舞いではいつか確実に痛い目を見る。テニスを何だと思っているのだろう。向坂さんが純粋に楽しんでいるテニスを、彼女を追い詰める道具に使っているナタリアさんのやり方はあまりにも酷だった。テニスはこんなにも酷いものだと向坂さんに実感させて合宿所から離れて欲しかった、なんてナタリアさんの独り言も聞いた事があるから、余計に彼女から離れる結果になった。元から中立を保っていたとはいえ。
「木手クン！柳生クン！」
白石君が向坂さんを抱えて戻ってきた時、彼女の顔は最早不健康な程に白かった。力無く下がる腕が、何かを宣告している様な錯覚に陥りそうになる程の衝撃を与えてくれていた。
─ Side of 向坂A ─
合宿所までの距離は大した事が無い筈なのに、自分が走っていないと妙に遠く感じる。何分走り続けたかは分からないけれど、息が乱れない白石くんの様子が寧ろ心配になる。…よくよく考えると、体温低下に対して運動をしたら良い方向に作用しないのだろうか。でも山籠りの時も確かに体温が戻らなかった時はラケットも握らせて貰えなかったから、何かがあるのだろう。どういう理由なのか、朧にしか記憶には無いけれど彼や永四郎が上手くやってくれるかな。落ちそうになる意識を、白石くんの叱咤で何とか浮上させる事を何度も繰り返しながら合宿所の敷地内に戻る。まだ暗い視界の中、白石くんの走りは惑いを知らずに施設の中へと進む。流石に開いていないんじゃないかとは思ったけれど、白石くんは堂々と中へ入って行く。…こんな所で遭遇はしたくないから、早めに私の部屋まで送って貰う事にした。
途中、それぞれの中学生や高校生が割り当てられた部屋の前を通過したけれど何も無かった。これはこれで逆に不安になりがちなのだが、何が起こる訳でも無かったから良かったけど。部屋の前まで送られた形になり、下ろして貰った後には彼に永四郎と奏多を呼んで欲しいと告げて別れる。奏多がスペアキーを持っているのはコーチに言われた様な気がするから鍵を掛けてもきっと問題は無い。いざとなったらマスターキーだってコーチの所にあるから。
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作者名：藍梓 | 作成日時：2017年12月14日 23時
