執愛の成れの果て【ミヒャエル・カイザー】

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______この男は、狡い。

私のような振られたばかりの日本人の女が、引っ掛かりやすいことを知っている。きっと、手慣れた所業なのだろう。女を喜ばせる仕種も、女を喜ばせるような言葉も、彼は何だって与えてくれた。好きになってはならない男だ、と本能が訴えている。
しかし、そう思ってしまった時には、もう手遅れであることの方が多いということも私は身をもって知っているのだ。改めて男運の無さを痛感し、ほとほと困り果てていた。
もう、これ以上関わらないようにしよう。これ以上、惨めな思いはしたくない。彼がどんなに素敵な人でも、この一夜だけに止どめればいいのだ。

「そういえば聞いていなかったな、お前の名前」
「え？えっと……」
「子猫と呼ばれたいなら、俺は別に構わないんだが」
「いや、その、私はA、といいます」
「Aか。俺はミヒャエル・カイザーだ。お前の好きなように呼べ」
「ミヒャエル、さん……？」

意識せず、声が頼りなく震えてしまった。
何だか名前を呼ぶだけで恥ずかしくなって、彼といると高校生の頃の恋愛を思い出させられる。

「日本人はクソ謙虚だな。好きなようにとは言ったが、もっと呼びやすく呼べ。違和感しかないぞ」
「なら、ミヒャエル、と呼べばいいの？」
「ああ、そうだな」
「……ミヒャエル」

その名前を呼ぶと、彼は私の頬を触りながら「ん？」と首を傾げた。
名前を教え合ってしまった。ということは、そういうつもりなのだろうか。
先ほどから懊悩する私の想いを読み取っていたかのように、ミヒャエルに先手を打たれてしまった。私はその勢いに呑み込まれてしまって、やはり何も言えずに口を噤んだ。

「で、どうしたい？」
「どうしたい……って？」
「俺はお前とこれで終わらせるつもりはないって話だ」
「あ、えっ、とその……」

それが、どういうことを示しているのか。私はその意味が分からないほど、純粋無垢な幼子ではなかった。謂わば、彼は身体だけの関係になりたい、ということを言っているのだろう。
私はこれまでの人生で巡り合ってきた男の人に散々弄ばれ、騙されてばかりいたこともあり、ダラダラと関係を長引かせてしまうのは得策ではないことを学んでいる。いつだって後悔するのは私だった。
けれど、男が一概に悪いと言い切れないことにも、薄々気づき始めていた。私が不器用だから、かもしれない。今だって、私は彼の胸元から顔を離せずにいる。男の人に振られて自尊心をボロボロに砕かれた私を癒せるのも、また男の人に限られてしまうのだ。

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