WOLF 3-2 ページ30
「佐久間がいる」
寝起き1番、まだ半分以上寝ている頭でそう言われても、全くなんのことやら理解することが出来ない。阿部からの電話か、とそれだけが分かったくらい。
「…んぇ？」
「だから、佐久間がいるんだって」
「…阿部ちゃん？佐久間は、」
「じゃあ、ちょっと見に来てよ」
そう言い切られて、ぶつりと電話は切られる。黒くなった画面に、間抜けな顔が写って、携帯をベッドに投げた。
「…ちょっと見に来てよ、で行ける距離じゃないんだけどなぁ」
なんてボヤキは、誰も拾っちゃくれない。
「ヒカル、」
ベッドの下で、丸まっていた白い塊に声をかけた。なんだ、と閉じられていた目が開く。
「散歩しない？朝の散歩」
返事の代わりに彼はすくりと立ち上がって、すたすたと部屋を出ていく。それを見て、行く気なのね、とベッドの上でひとつ伸びてから、深澤も支度を始めることにした。
「さっきは、なんのこっちゃと思ったけど、これは確かに佐久間だわ」
阿部の家に着いて、まだ寝てるから静かにね、と通されたのは寝室。部屋の中央に置かれたベッドの上で、懐かしい彼がすうすうと穏やかな寝息を立てている。
容姿は生前の彼とそっくりで、髪の毛に隠れる白い耳としっぽが残っていることから、彼の新たな相棒である人狼が変化したものだと分かる。
「阿部が、佐久間佐久間言うから、離れられなかったりして」
むっとした表情が視界の隅にチラついたので、冗談だ、とひとつ置いて、
「きっと、佐久間も心配だったんだよ」
と、未だ眠る彼をみんなで見つめる。
「…ヒカルは、俺に懐いてくれないね」
阿部の家からの帰り道。また少し長い散歩。俺らの間にリードはなく、それでも少し前である程度の距離を保って歩いてくれる。
出会ったあの日、きらりと光る黄色い目が、今まで見た何よりも綺麗に見えた。
だから、ヒカル。
「…安直な名付けだったかなぁ」
一人でなにを話している、と黄色い宝石のような目が、後ろを歩く深澤を捉えた。
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作者名：ハルタ | 作成日時：2022年5月20日 7時
