鉢植え 3 (ページ40)

今日:16 hit、昨日:70 hit、合計:63,230 hit

2 ページ40

深澤が来た時によく座っていた丸椅子を、阿部は未だに戻せないままでいた。カランと入口のベルを鳴らして、いつかふらりと来るかもしれない。そんなことはありえないと分かっていても、やはり椅子を戻す気にはなれない。

「いった、」

白い指先に赤が滲んでいた。急いで逸らした目。
もう嫌だ、と力無く言葉が落ちていく。

「おかえり。」

帰ってきた阿部の顔がどことなく白くて、ぎゅっと握った手は赤が滲んでいて、阿部に見えないように佐久間の顔が歪んだ。

「はい、座って。」

阿部をベッドの上にあげて、自分は救急箱を手にする。今までは持ったこともなかったのに、今では木製の持ち手が手に馴染むぐらいにお世話になっている。

あの店のドアベルが1回でも彼のせいで鳴って、ふらりと店内を見て回れたなら、こうなるのもきっと終わるんだろうな。

もう一回だけ、でいいのに。
逢いたいなんて、とても贅沢な願いか。

隣で眠る宮舘の顔がとても綺麗で、渡辺は怖くなった。亡くなった人のことを、まるで眠るようだ、と表すことがある。それが脳裏をチラついて、起きるよな、寝てるだけだよな、とたまに怖くなる。

深澤の死に顔もまるで寝ているだけのようで、呼びかけたら今にでも起きそうだった。

でも、起きなかった。

震える冷えた渡辺の指先が、宮舘の頬に触れた。布団から出た彼の手には、揃いの指輪が光る。しづらく変に上がった呼吸は無視をした。起きてよ、と言いかけたその時

「生きてるよ、」

目を瞑りながらも全てを見透かした、宮舘の声がした。ムクリと上体が上がると、

「大丈夫、翔太を置いていったりしない。」

と、温もりが包む。

ふっかもあの時、起きたら良かったのに。
そうしたら、こうはならなかった。

亡き友を、今日も思い出す。