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「ちょっと待って、」
急に慌てて保健室を飛び出そうとした俺を、先生が止める。
「そんなに慌てなくても大丈夫だから。今は気持ち悪いとか無い？気持ち悪かったら先生取りに行ってもいいけど、」
「いや、気持ち悪いとかはないです。でも、自分で取りに行かないと…」
「気が済まない？」
「…はい」
「そっかそっか！そうだよね。じゃあ一緒に着いていってもいい？」
「それなら」
「うんうん」と笑顔を向けてきた先生と目が合い、ようやく正気に戻ったような感覚がした。
症状が出ると、いつも自分の事でいっぱいになって周りが見えなくなる。最近は治まっていたと思っていたけど、それはただ引っ越してからの手続きや整理が自分のペースで出来るものだったからであって、全然治まってなんかいなかったんだ。
勝手にまた1人で落ち込んでいると、先生が俺の手を取って歩き出してしまった。
「あ、」
危ない。咄嗟に出たのは利き足である右足。このまま下を見続けていたら歩数まで気にしてしまいそうで、先生の顔を見上げた。
ジェシー先生。見た目だけなら英語の先生だと思ってしまうが、立派な保健室の先生だ。
初めて保健室に行った時、てっきり女性の先生だと思い込んでいた俺はその大きな体格の先生を見てびっくりしてしまった記憶がある。
階段を上って教室の前まで辿り着くと、手を離され「1人で取って来れる？」と聞かれたので頷けば、ジェシー先生は「担任の先生とお話してくるから薬取ってきたら廊下で待っててね」と言って前のドアから担任の先生を手招きで呼んだ。
カラカラと後ろのドアをゆっくり開けると、ちらちらと視線を感じた。さっきいきなり飛び出して行ったんだから当たり前だ。
「あ、松村くん！大丈夫？出ていくときに足ぶつけてなかった？」
前の席のあの子がまた振り返って心配してくれた。周りを見てみれば、感じていた視線はすべて俺を心配するようなものだったことに気がつく。
「あの、大丈夫、です。いきなり出て行って驚かせてごめんなさい」
「ああ、いや大丈夫！頭上げてよ。あのね、松村くんは知らないだろうけど、私たちこういうの慣れてるの。だからあんまり気にしなくていいよ」
やさしく笑った彼女の目を、そこで初めて見た。
そして、話しかけてきてくれたのにあんなに小さな一言しか返さなかったことをどうしようもなく後悔した。
カバンの内側のポケットに入れたピルケースを取り出してから俯いて、もう一度今度はゆっくり歩いて教室を出た。
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作者名：とほほ〜 | 作成日時：2023年5月8日 1時
