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「では。今年度のオリエンテーションを始めます。」
グループ含め、国内に多くの式場を構えるこの会社には、驚く程人が居る。らしい。
ここに集まったのは、今年入った新入社員と、その直属の上司と。
後は、会社のお偉いさんと呼ばれる人が、
ぞろっと並んでいる感じ。
前もって渡された資料をめくってみるものの、
いろんな事に緊張しすぎて、頭の中が落ちつかない。
この後すぐに始まる、新人研修の持ち物とか。
その研修中に友達は出来るかな、とか。
上司は優しいかな、とか。
そんな余計な心配や期待が、ぐるぐると回って。
背中をつっつかれた事にも、気づけなかった。
『ねぇってば。』
少しだけ、大きな声がして。
反射的に、声の方を振りむく。
「あたし、ですか？」
グレーに、黒のストライプが入ったネクタイ。
その上にある、白くて小さな顎に、ホクロが見えた。
『修正テープ持ってる？』
少し、掠れた様な。
少し、甘い。
そんな声が。
近寄った口から、聞こえた。
「あ、そうだ。
2つ持ってるので、よかったらどうぞ」
昔から、すぐに物をなくしてしまう。
何処かへ置いたまま、忘れてしまったり。
とりあえずポケットにしまって、何処へ入れたか分からなくなったり。
だから、あたしの持ち物は、全部2つずつ。
よって、いつも人より荷物が多い。
『いいの？』
「はい。あたしのは、ちゃんとあるので」
彼に渡したのと、同じ物を見せる。
『じゃあ。ありがと。』
目にかかっていた前髪を、人差し指ではらうと、細い、黒縁のフレームがよく似合う、
端正な顔立ちが現れた。
とくり。
と、心臓が動いて。
だけど、それが何でなのか。
前を向き直すと、開いていた資料を目で追う。
背中越しの、ペンが動く音とか。
咳払いとか。
そんな事ばかりが、気になって。
マイクの声を、聞こうと思えば思うほど。
何も入ってこなくなる。
開け放たれた窓から、風が入って。
その風に揺れている木の葉が、
あたしを。
笑った様な気がした
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作者名：とあ | 作成日時：2018年9月20日 21時
