インビジブル・ラブ 9 side T

残酷 ページ29

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部屋にあがる。
雪女みたいに冷たい手を引っ掴んで強引にリビングへ上げれば、
1年前くらいまで見慣れていたルージュの口紅が弧を描いた。




「…ワルイオトコ。」

「小雪さんに言われたくないけどね。」




冷たく返しながら、ソファへ座らせる。
何度も何度も着信を残した彼女は、
「トモノリさんに捨てられそうなの。」
なんて、たったひとつの文章で俺を狂わせた。

行くわけないじゃん。
どれだけ苦しめられたと思ってるの？
俺で寂しさを埋めようってこと？
都合良すぎるって。俺が今までどんな思いで。
…大体俺には、Aちゃんが居るし。

思い浮かべた言葉はどれも口から出ずに。
代わりに
「今どこ。」
って、掠れた声が出ただけ。

指定された場所に行って、小雪さんの手を掴んで。
どこかゆっくり話せるところでお話しよう、って。
そう思っていたら、
「辰哉の家がいい。」
なんて言うものだから。

あの頃、小雪さんを家にあげたことは無かった。
いや、語弊がある。
家に来てくれることはなかった。

だから、少しだけ。
あの頃の報われなかった自分を思い出して、優位的な気持ちになったから。




「少しだけ。撮られたらやばいから、少しの間だけね。」




そんな言葉で連れてきた数秒前。




「…辰哉。」




その、俺が大好きだった唇を開いて、




「やり直しましょう？私たち。」




残酷な言葉で、俺を揺さぶった。

俺にはAがいる。
Aがいるんだって。
【利用、していいよ。】
真っ直ぐこちらを見た、赤い鼻のAを思い出して、胸が凍った。
そうだ、忘れてた。
……俺たちの始まりは、所詮この人からだったんだった。



小雪さんが、凍りついた俺の表情を見て、
ゆっくりと抱き締めた。
ひたすらキツく。
ウッディの香りが、間近で香るほどに。




「……辰哉くん？」




ああ。
1番聞こえたくない声が、そばで聞こえた。



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