Butterfly I Loved 【黄緑】 (ページ3)

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汚れた雪ページ3

恍惚とした表情を浮かべたままの俺を案じて章ちゃんとマルが話しかけて来たが、頭に入ってこない。

二人の言葉を聞き流しながら、カクテルで渇いた喉を濡らすと、内に籠った熱が少し冷える。外で涼んで来ると独り言のように溢して席をはずした。

入ってきた通路とは反対の道へ人混みを掻き分けて進み、闇とネオンの洪水へ通じるドアを引いた。

排気ガスとアルコールの匂いが体にまとわりつく。薄汚れた巨大な社会に飲み込まれそうで、得体の知れない不安を掻き消すためにタバコを取り出して口へ運ぶ。

スーツからジッポーを取り出そうとするも、どこを探しても見つからない。行き場の無い苛立ちを覚えて溜め息を吐き出した。ジッポーをわざわざ取りに戻る事も馬鹿らしく思えてくる。

行く宛も無いので、クラブの中を気の向くままに歩き回ることにした。

当然だが、クラブの中はどこへ行っても賑やかで、狂ったように踊る奴やテキーラの一気飲みを競い合う命懸けの連中なんかもいた。

そんな中でも、心地良くジャズの響く琥珀色のフロアに惹かれてバーラウンジに入った。ポマードで頭を固めたマスターに促されて一番奥のカウンターに座る。

先程までの気分を変えたくて、ミントリキュールとウイスキーを使った琥珀色のカクテルをオーダーする。

薄いガラスが唇に触れると、スティンガー、和名にすれば針という名の通り、鋭さのあるミントと、深みのあるブランデーが舌の上で爽やかに香り立つ。

二十世紀初頭のニューヨークのレストランで生まれたカクテルと、つやつやと輝く黒檀のカウンターテーブルを味わっていると、雰囲気を掻き消すように下品なほど騒ぎ合う三人の男が肩を組んで歩いて来た。

「おうおう、あそこの、えらい女みたいな兄ちゃんの所しか空いとらんわぁ」

「ホンマや、おうい、そこの兄ちゃん、アンタいくらなん」

「一万かぁ？それとも、マケてもろたら五千円になりまっか？」

「あれぇ、せやけどこの兄ちゃん、近くで見たら、思てたよりべっぴんさんやわぁ」

酒臭い息を吐いてわざとらしくターゲットに近づいて行くソイツらの顔を見る気にもならなかったが、話を聞けば絡まれている奴は相当な美形らしい。しかも“兄ちゃん”。

思い出せる範囲で、このクラブハウスの中でもそんな奴は一人しかいなかった。