Jukebox (ページ1)

今日:1 hit、昨日:0 hit、合計:533 hit

blood sweat and tears ページ1

その人は甘ったるい笑顔の悪魔だったと思う。

暗いコンクリート製の階段を地下一階分下りた先。

重厚な木製の扉を開けた先にそのバーはある。
静かにしまった扉のわずかな音に反応した後、ミンユンギはわずかに視線を入り口に向け、すぐにそらした。

「ひさしぶり」
「相変わらずひでえ顔」
「どの口が言ってんのよ」
「うるせぇ」

相変わらずの塩対応ねと彼女は心の中で毒づく。

しゃべってくれるだけましか、とすぐに思い直すあたり彼女はもうミンユンギのことをある程度あきらめていた。

「注文は？」
「あまいやつ、適当に」

最小限のやりとりのあと、彼女はうす暗いバーカウンターの一番奥のスツールに腰かけた。ミンユンギは手元に目線を落としたまま、熟した桃の皮をペティナイフで剥き始めている。

日付が変わる少し前の店内は客がまばらだ。

今日はついてる、と彼女は思った。

この綺麗な顔をしたバーテンを目当てに女性客が絶えないのが常なのだ。

サラサラの黒髪に陶器のように真っ白なつや肌、無気力な目、猫を思わせる上品な鼻。リンゴをかじったように赤い唇。

「そんなに見んな」
「え、なんで分かるの」
「んな見つめられて気づかないほうが怖いだろ」

ミンユンギは皮をむいた桃とクラッシュアイスをブレンダーにかけ始め、ささやかに流れていたピアノのレコードに代わり彼女の鼓膜を揺らす。

細くて白い、うっすら血管の浮いた腕がまくられた袖口から覗いている。

いつの間にか

彼女の頭の中にはつい先ほど終わった仕事のことが浮かんでいた。

入社三年目にして初めて任された大仕事だった。

取引先の高級ブランドと有名デザイナーのポップアップストアプロジェクトは彼女が入社したときから願い続けていた夢の仕事だったのに。

絶対に成功させます！！と自信満々に引き受けた半年前の自分の頭をひっぱたきたい、と思う。

やっぱりあの子に任せるにはちょっと早かったかな…と上司が話し合っているのを廊下で耳にしてしまった。プロジェクト自体は何とか無事に終わったからいいものの、自分の仕事は失敗続きで完璧主義の彼女の心は半ば折れかかっていた。

2→