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イザナさんは私の母が故人だということを知っていた。

意外にも、と言いたいところだけど
佐野家と親交が深いなら知らな事も無い情報だ。


でも、なんでまた急に??


『日傘持ってくればよかった…』


暑さで悶々とした思考は溶けていく。

やはり時間をずらすべきだったか

母の墓石は木陰とかのない日当たり抜群すぎる場所で

8月中旬の日の元では
ちょっとした動きでも汗が滴り落ちる


なのに


『イザナさん、暑くないんですか?』


墓前で静かに手を合わせているけど
私の母に面識でもあったのだろうか。


家族でもそんなに長く手を合わせないのになぁ


返答のない合間を縫って、一口。
さきほど自販機で買ったスポーツドリンクを含んだ。


「娘さんをくださいって挨拶してたら長くなった」

『ぶぉっふ』


いつの間にか合掌を終えて
立ち上がりながら言い放ったイザナさんの言葉と
飲み込もうとした液体が驚きのあまり受け付けられず

遠くまで吹き出してしまった。

墓石のお彫りは濃く浮き上がっていく。


「随分、斬新な水かけだな。 母親もびっくりだろうよ」


いたずらっ子のような少し悪い表情を浮かべるイザナさん。
対して、口を拭いながら思わず睨みつけてしまう私。


『いっ! イザナさんが! 変にからかうからでしょう!?』

「揶揄ってねぇよ、本当に挨拶に来たんだよ」

『え、はっ…ちょっとあの、
ひと月前に初めて会ったのにそんなコト言われても!』



「会ってるんだよ、俺たち」



『…あ』


さっきまで少し楽しそうにも見えた表情が曇るのを
見逃せなかった。

同時に私も、顔が強張る感覚に陥る。


「俺はその時の約束を果たしにきた」

『やくそく、ですかっ』

「嫌か?」


『そ、そうではなくて…ですね

ちょっとだけ、待ってください。


…きっと、すぐに思い出せるはずですから、ちょっとだけ!!』


「やっぱり記憶がないんだな」


言葉がうまく出てこない。


『……っ』


図星をつかれたから。

申し訳ない気持ちでいっぱいだから。

今、必死に思い出そうとしてるのに
記憶の回路は何も映し出してくれないから。

イザナさんが私に会い来てくれた心境がわからないから。


『……ごめん、なさい』


全ての感情を振り切って出た言葉は空虚で
私はどの感情で謝っているのかわからない。



「別に怒ってねぇ、謝んなくていい」



母が事故で亡くなった日。



その日は私も一緒に海外へ行く日だった。

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作者名:graybear | 作成日時:2024年1月11日 21時

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