言葉 溶 ページ2
「…何故お前がここにいるのだ」
橙色の瞳で鋭く見たのは、菓子折りに入っていたはずの水まんじゅうを食べながら寺の自室で寛ぐ娘、Aであった。
「あ、矢琶羽。お邪魔してまぁす」
Aは矢琶羽に気づくも水まんじゅうを頬張る。
「正しく邪魔じゃ。さっさと帰るがよい」
「ん!言ったなぁ!?」
悪態をつく矢琶羽に、Aはムッとするが、帰る気など更々なくその場に居座り続けた。
理由は何となくわかる。
「その様子だと、またしても喧嘩して来た様だな」
「……」
問いかけに答えず不貞腐れたような顔でいるAの隣に矢琶羽は座る。
「…父親か」
「……、…そう」
顔を逸らしてやっと答えたAはきっと、いつもの如く泣いているのだろうなと何となく分かってしまう。
幼馴染の宿命だろうか。
1桁の歳の頃から一緒にいるが、昔からAは変わらない。
泣く時の癖はいつも、右手の握り拳を左手で包み込む様にして縮こまるのだ。
「泣かれては追い出すことも出来まい…」
矢琶羽はぽつりと呟くと、畳んであった手拭いをAに差し出す。
目を合わせずにそれを受け取ると、ぐす、と鼻を啜りながら涙を拭いた。
Aは育ちが良い。そこそこ裕福な家庭に生まれ、何不自由なく育ってきたのだろう。
そんなAが父親と喧嘩する理由は決まって…
「お父さん…、また、勝手に婚約者決めたの…」
矢琶羽の予感は見事的中した。
Aの父親は家の都合でAの結婚相手を選ぼうとしているのだ。
許嫁、という言葉があっているのかもしれない。
しかしその相手はAが反発する度にコロコロと変わっていた。
「また断ったのか」
「当たり前でしょ!
…わたし…全然知らない人と結婚なんて……嫌だよ…」
このご時世、親同士が決めた許嫁など珍しくは無いのだが、Aはどうしてもそれが嫌な様だった。
「お前は何故そんなにも嫌がる?」
「それは……」
Aは、先程からずっと逸らしていた瞳を、矢琶羽へちらりと向けた。
矢琶羽は相手からの答えを待つのみだ。
しかし…
「や、矢琶羽には…関係ないでしょ…」
矢琶羽は目を見張る。
「……。
…その通りだな。お前の婚約者など、儂には関係の無い事じゃ」
Aは悔しそうに顔を顰める。
お互いの素直になれなかった言葉が、夏の温度と共に溶けた。
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作者名:aaa | 作成日時:2022年8月31日 10時