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「江口さんが連れてきた女の子第一号ですか私。」
「…そうだよ。」
「ふふふ。」
さっきまでいたお客さんが扉を開けて出ていくのが見えた。チラホラ数人いたはずなのに、すでに二人だけになっていた。マスターがバックヤードに入って行く方を見つめていたら、ふわりと肩に小さな重みがかかる。
「………。」
音楽だけが流れる静かな店内に二人きりだという意識を強制的にさせられてしまう。
「ん?どうした…?」
「……。」
「酔っ払った?」
「酔っ払っ……てます。」
彼女はふっと顔を上げてこちらを見つめた。今日は、酔っているのか。酔っていないのか。じっと見つめた彼女の目は潤んでいる。今日も拓也さん、と呼んで記憶がなくなるのだろうか。
「ねえ…、名前呼んでよ。あの日の夜みたいに。」
「…………。」
少しだけ意味がわからず考えたような彼女を見て、今日はそこまで酔っ払ってはないか。と思った。じゃあ今日は江口さんとして、彼女と二人で飲みに行った記憶が残るだろうな…
「………拓也さん」
思いがけず呼ばれた名前にどきりとする。
小さな、消えそうな、か細い声だった。
彼女の唇が薄く開いて、その後きゅっと結ばれた。
なんだそれ。
「…………痺れるね。」
自分の名前が漏れ出た唇をじっと見つめた。
もう一度、彼女が何かを発する前に、その言葉を飲み込んでしまいたい。
気付いたら彼女に顔を近付けていた。
いつもなら顔を赤くさせて照れるはずの彼女が、今日は何故だか目を逸らさない。
静かに流れているはずの音楽も、今は何も聞こえない。柔らかな唇にそっと唇を寄せるーーー。
カランカラン
店の扉が開く音がした。同時に裏からマスターが現れる。
「あ、いらっしゃーい!久しぶりだねぇ!」
なんて言いながら訪ねた人の肩を叩いている。何飲むー?あ、ウイスキー?と明るいマスターの声が頭に響く。
あ………っぶない……
危なかった。今、完全に吸い込まれてた。
軽い気持ちではしないと決めたはずなのに。
気を紛らわせるためにウイスキーを煽る。
いや、もう軽い気持ちではない。この時すでに、彼女に特別な感情を抱いていたのは言うまでもない。
心臓が破けそうなほど波打っているのが分かり、その音はしばらく鳴り止みそうにもなかった。
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にくまん(プロフ) - eriiiさん» 楽しみにしてくださっててとても嬉しいです。しばらく彼視点を更新していきますのでごゆるりとお楽しみくださいませ。 (11月25日 13時) (レス) @page25 id: 07d191a8ef (このIDを非表示/違反報告)
eriii(プロフ) - この展開!!本編でめちゃくちゃ気になってました!彼視点楽しみです🥰 (11月24日 19時) (レス) @page23 id: 8d69bf7036 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:にくまん | 作成日時:2023年11月2日 20時