わたしはあなたの。Part2【大病院占拠】【青鬼】

第五十八話 ページ15

「武蔵刑事は？」

先ほどと同じく、私と知事の間に立った青鬼が県警側にそう訊ねる。

『今繋ぐ』

配信に出た男性がそう言ったあと、切り替わった画面の半分に武蔵刑事が映った。

「武蔵刑事、何故スマホで配信を？」
『調査で戻る時間がない。でも病院の罪は突き止めた』
「では、明らかにしてください」

私と知事の後頭部に銃を突きつけ、青鬼は言った。

「制限時間は……五分です」
『すべては……三年前に始まった』

武蔵刑事の口から語られたこの病院の「罪」は、以前青鬼が離してくれたこととおおよそ合致していた。

「どうして……山城琴音さんの遺体だけ見つからなかったんですか？」

武蔵刑事の話を遮った青鬼の合成音は、極めて冷静かのように聞こえた。

『知事が命じたからだ。ワクチン開発のサンプルとして、冷凍保存するようにと』

対する武蔵刑事の声は、怒りが抑えきれていなかった。
この人は本当に、良い人なんだなと感じる。
他人のために怒り、他人のために行動できる。
きっと、私の父と同じタイプの、善人。


☆


私の父について、語れることはそう多くない。
父は、私が三歳のころに死んだ。
父の記憶は全くと言っていいほどなく、母が父について語り聞かせていたことだけを覚えている。

「お父さんはね、路地裏で女の人が暴力を受けているところを発見して止めに入って、逆上した犯人に殺されたのよ」

父は私でも母でもない誰かのために死んだ。
残された母が政治家を目指したのもそれがきっかけだ。
まだまだ立場の弱い日本の女性を救うため。
被害者家族は母の支援者団体の代表で、年に数回は我が家との食事会を開いていた。

私は暇つぶしに、父の名前をインターネットで検索したことがある。
ヒットしたのは父が死んだ事件についてのネット記事。
その記事のコメント欄には、犯人への誹謗中傷と、父を英雄視する声が並んでいた。

一番悪いのは犯人だ。
それは間違いない。
だから私は、自分より力の弱い子供に暴力を働いた岩代に対して激しい怒りを抱いた。

しかし、妻とまだ小さい娘を置いて死ぬ男の、何が英雄なのだろうか。
生きて子どもの成長を見守るより、見ず知らずの他人のために命を落とすのが正義なのだろうか。
父の行いが、正義だとしても。




私は、私を優先してほしかった。

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