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「俺んち、こっから近いんだ。歩こうぜ」
口笛でも吹きそうな上機嫌さで、やぶはひかるの手を握ったまま歩き出す。
金曜日の夜、人混みの中をやぶは慣れた様子でスイスイ歩いていく。
やぶに手を引かれて、ひかるは夢心地だった。
ヨタヨタと歩きながら、横顔を盗み見る。
──カッコいい。
しかも、強引に引っ張っているように見えて、その実やぶの手は優しい。
繊細な壊れ物でも持っているように、そっとひかるの手を握る温もりに、『やぶが魔法を解いてくれたら、どんなに嬉しいだろう』と泣きたい気持ちになる。
あの日──意地悪な山猫の魔法使いは、ひかるに“お前は愛する人に抱かれないと魔法が解けないよ”と、ニンマリと告げていた。
”でも、こんなに醜男を好きになるやつはいないだろうねぇ”
醜くなる魔法がかかってから、ひかるの周りには人が寄り付かなくなった。
それでも前と変わらず付き合ってくれるイノオや数人の友人たちはいたが、恋愛対象としてひかるを見てくれるような人はいない──。
きっとこの姿のままで生きていくんだ。
恋を諦めることに、どこかホッとした気持ちもあった。
都会には男が男を好きになる自由はあっても、ひかるの心に響く男はいなかったから。
魔法のせいにして、もう人を好きにならなくてもいいんだ──。
そう思っていた……やぶに出会ってしまうまでは。
やぶの家はこじんまりしたマンションの三階にあった。
独身らしく散らかった部屋だったが、ゴミや埃はない。
安心してソファに座ったひかるの前に「ビールでいい?」とやぶがグラスを差し出した。
促されるままグラスを合わせる。
ふにゃりと笑うやぶが話す内容は、ひかるには分からないサッカーの話題だった。
その話しぶりに“普通の男同士の宅飲み”ってこんなものなんだろうな、とひかるはぼんやり考えながら、やぶの良く動く口を見つめる。
「……でさ、ピッポが決勝ゴールを決めたんだ!すげぇだろ!」
「そだね、すごいねえ」
「俺、そん時に絶っ対サッカーに関係する仕事に就こうって決めたんだ。こんな感動できること、皆んなに伝えたいって」
瞳を輝かせるやぶのグラスにビールを注いでやり、「やぶは子どもの頃の夢を叶えたんだね」と、ひかるは微笑んだ。
夢に向かって真っ直ぐに生きてきた過去が、この背の高い男を輝かせている。
その煌めきにどうしようもなく惹かれてしまう。
頬が熱い。
熱い頬を誤魔化すように、ひかるはビールを煽った。
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しろくま(プロフ) - ◇さん» ◇さま、コメントありがとうございます。お褒めいただき嬉しく思います。今日は2人の結婚記念日でもあります。ステキなクリスマスをお過ごし下さい。 (2022年12月25日 7時) (レス) @page49 id: d7e22074ad (このIDを非表示/違反報告)
◇(プロフ) - 最終話のタイトル回収があまりにも美しくて…。執筆お疲れ様でした!次回作も心待ちにしております (2022年12月24日 2時) (レス) @page48 id: 3e4ffd633a (このIDを非表示/違反報告)
しろくま(プロフ) - 9さん» その涙はひかちゃんのハンドタオルで拭いて差し上げます🥰 (2022年10月24日 13時) (レス) @page44 id: d7e22074ad (このIDを非表示/違反報告)
9(プロフ) - …滂沱……最高です! (2022年10月24日 9時) (レス) @page44 id: a1a90f72f9 (このIDを非表示/違反報告)
しろくま(プロフ) - ちちちさん» ちちち様、ありがとうございます。どうしても薄暗い健吉ひかる…。次は甘々の二人を!!! (2022年7月27日 8時) (レス) @page35 id: d7e22074ad (このIDを非表示/違反報告)
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