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差し出されたのは檸檬の添えられたローズヒップティーと、チョコレートクッキー。初めて出会った時と何も変わらない、彼女の好みをふんだんに押し付ける品々に、厳選とこだわりを練り固めた、一級品の茶葉と生地の味は、五年経っても忘れられなかった。酸味の効いた赤いハーブティ、濃く深いチョコレート色の甘いクッキー。先ずはそれに至るまでの経緯を話さなければならない。
 過程と言えば、在り来りだが、偶然が偶然を呼んだ奇跡のような出来事である事には、相違ない出来事の連続を少年は歩んできた。

 二一八四年、悪環境の孤児院から、とある二人の夫婦に引き取られた『ハイル・ヴェグラーベン』少年は、今日、否、今世の生活に飽き飽きしていた。
 生まれつき存在しない左眼球、腕と足に酷く刻まれた赤黒い暴力の証、学業も満足に積めず、労働と侮辱を課される毎日、家畜の餌のような不味い食事、豚小屋のような寝床。片目から見る景色はいつも平坦でおぼ付かず、空虚な空洞となっている左眼球部には、誰かに忌まわし避けられているかのように真新しい包帯や眼帯が着けられていた。
 新しい彼の父親は、酷い癇癪持ちの男で、言葉による論争は得意とせず、何事にも暴力を用いる性格破綻者。母となった女は、夫の財力に縋りきって何の行動も起こさない、無責任と無関心の権化として、銀細工の美しい椅子にいつも腰かけ、目の前で繰り広げられる暴言と暴力を傍観し続ける人形の有り様であった。その生活は、たまたま戦争に巻き込まれずに、それなりにでも安定した家庭環境で育ってきた、同じ英国の人間から見れば、全くもって幸いと呼べるべきものでは無いことは確かだ。
各地が紛争で混乱している、幸福と資源が大々的に不足したこの世の中、彼のような戦争孤児にとって、安息の地と呼べる場所など存在することこそ、滅多なものではあったが、幼少期只中のこの少年を『不幸』と呼ばずになんと形容すれば良いのだろう。引き取られる前の孤児院も、この戦時中珍しいこの裕福な家庭と差も変わらない悪環境であったため、ハイル少年は厄介な不眠症に悩まされていた。折檻が恐ろしく眠れない夜には、決まって倉庫の奥に隠してあったロンドン・ジンを喉の奥に流し込んでいた孤児院での毎日とは違い、唯一、この新しい家では睡眠薬を買って飲むことを許されていた。







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設定タグ:SF小説 , ADAPTERシリーズ , バトル   
作品ジャンル:SF, オリジナル作品
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作者名:ワッさん | 作者ホームページ:http://img.u.nosv.org/user/0301enmakun  
作成日時:2021年4月10日 17時

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