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窓の外から、ロンドンの街中ではありえない鳥のさえずりと、子供達の天真爛漫な笑い声を耳にして、清潔なベッドに身を落としていた少年が、徐に上半身を起こした。久々に眠ったせいなのか、頭蓋の脳みそが鉛にすり替えられたかのように重く、何かを考えることも億劫ではあったが、新築のような漆喰の壁に取り付けられた、水垢ひとつ無い窓の外を見据えて、認めたくもないある理解に到達した。
「くそ!!!」
少年の怒気と振り下ろした拳の音が石造りの部屋の中を振動させる。ベッドの横にある小さな飴色のチェストが、真上から降り注いだ振動に悲鳴をあげ、その上に乗っていたラベンダーの添えられた半透明の花瓶が、硬い床に落下した。ガラス製の花瓶が割れる音を聞き付けて、孤児院の中で遊んでいた数人の兄弟が慌ただしい足音を立ててこちらに駆けつけたあとに、三度、閉まった部屋のドアをノックした。
「兄ちゃん大丈夫ー?」という、それぞれが微妙に調子を合わせてこちらを呼ぶ、如何にも不安げな声。少し前までここの孤児院の家族であった少年は、乱れたストロベリーブロンドを撫で回して、何でもないよと、成る可く穏やかに返答した。少年はまだここの子供達にとっては兄であった。彼が今ではそう考える様にはしないだけで、年幾ばくも行かない、幼い元兄弟達にとっては、自分は度々此処に帰っては苛立ちに暴れる、“少し不良気質な兄貴”でしかなかったのだ。自分が一人の社会人として自立出来ないでいることを考えなかったことは無い。それどころか、己は今、テロリストを追跡してまで、あの人物が行うテロリズムに参加しようとしている。こんな自分を、あの天真爛漫な兄妹たちが知ったとしたら、一体どんな顔をするだろうか。笑顔が絶えない、健気にも自らを尊敬してくれている兄妹たちの、失望の顔など想像したくもない。
暫くして、ドアの外で何かを話し合っていた子供達が、どこか遠くへ駆け出して行った音を確認すると、シモン少年は、頭の後ろで腕を組んで、数ヶ月ぶりの清潔なシーツの上に黙黙と突っ伏した。シミひとつない壁と高い天井を見上げて、それから視線だけで部屋を一周見渡した。
この部屋は、少年が孤児院に入院した六年前の頃からずっと使い続けた部屋である。ベッドの横の飴色のチェストに、今は破片となって床に散らばる花瓶、支給された服を仕舞うクローゼット、銀と白の壁掛けの時計。
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作者名:ワッさん | 作者ホームページ:http://img.u.nosv.org/user/0301enmakun
作成日時:2021年4月10日 17時