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「じゃあ兄さんは、なんであんなのについて行こうと思ったのさ。俺からしてみれば、アンタはあの天才に感化されているようにしか見えない。それに、“あの”アンタがそうまでなる天才ならば、アンタを言葉巧みに騙して、利用することだって可能だろ。そのリスクを全て覆せる程の理由ってなんだい?」
慎重な弟のご尤もな言い分に、シモンは分が悪そうに後頭部を撫でて、それから、記憶の引き出しを順番に開けながら、彼の言葉に最も誠実な言葉を探した。
シモン・ヴェグラーベンは、この孤児院で一番優秀で、真面目な少年だった。普通の子供なら精神に異常を来す劣悪な環境に置かれていたにも関わらず、一切芯に彎曲のない屈強な精神と、頭脳明晰の言葉を浴びるに足りる思考力、並外れた洞察力から弾き出される成長性。栄養失調と不眠症の影響による思考力低下を鑑みれば、彼の桁外れな抜け目無さはその本質に全く到達していない事が、更に恐ろしく。そう彼は、平たく言えば、この聖ナサニエル教会の孤児達において最も天才的で秀才な少年であった。基本何をやるにしても人並み以上の成果を発揮するし、どれほど前にこの孤児院に居て、どれほど多くの信用を勝ち取っていた者よりも、集団を意識的に操作することに長けていた。
シモン・ヴェグラーベンは、影に潜むこの孤児院の小さな独裁者だったのだ。
そもそも彼は、多くの孤児達からの密かな尊敬を我がものにしていたということを告白しておかねばならない。彼という人間は、規律に従順で、何時に見ても、そのほの赤いストロベリーブロンドは整えられ、孤児院の牧師から支給された、物の良いカッターシャツとベストはきっちりと着こなされていた。就寝時間を抜けば、起床、食事の時間、授業の時間は私が見る限り、一度も遅刻はなく、そういう規律的な部分においては、彼は皆からも尊敬されるべき兄だった。
ただ、彼の唯一の弱点といえば、尊敬の花束は授与されても、友愛の花束は今ひとつ誰からも与えられていない事だった。つまり、彼と孤児院生達におく関係といえば、尊敬と尊重による上下関係で、これといった信頼すべき友人という存在が一人も居なかったのだ。それは、彼の性格をなぞる様に成長していくアーノルド=ルーク・サミュエル・レオポルドにも見受けられる所感である。
彼らには、いや、そうでは無い、シモン・ヴェグラーベン少年だけには、彼の信頼に足りうる人間が存在して居なかったのである。
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作者名:ワッさん | 作者ホームページ:http://img.u.nosv.org/user/0301enmakun
作成日時:2021年4月10日 17時