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TYPE II ページ28

第二章





救いたいと思った。


 平坦な視界と、暴力の痛みと、飢えと不眠しか知らなかった俺に、自然の産物と見まごう新しい瞳と、善良な家を与えてくれたあの人を。真っ黒で、不器用で、素直で、優しいあの人の頼りになる肉の左腕になりたいと思った。あの時の貴方の寂しそうな背中を見て、漆黒の髪に隠れ掛けた悲しい顔を見て─────。







 少年の半生を育てた孤児院は、ロンドン郊外のコッツウォルズという自然豊かな田舎町に建っていた。未だ近代化されていないレンガ造りの建造物を一目見んとする観光客は、細々とだが、しかし後を立たず。澄んだ湖とそこに住まう鴨達は、言わば都会暮らしで滅多に“生きた”動物、特に、遺伝子操作の全く行われていない動物と触れ合う機会を失った人間達から、歓喜の声を浴びせられていた。その、童話の中に入り込んだことを錯覚させる街に、ひっそりと漆喰の壁が佇んでいる。
 それが、多くの戦災孤児を抱え、時に結婚式や葬式など様々な祭儀を行い、人々に聖書の教えを説く、「聖ナサニエル教会」だった。国政の児童福祉が安定しない現代において、悲惨な戦争を経験した孤独な少年少女達は、数学やラテン語、国語や、歴史、時に科学をその教会で学ぶ。実力を認められ、奨学金を受けることが出来れば、国立大学まで進学することも可能であった。数ある教会においても豊かさに富んだナサニエル教会の子供たちは、食事と寝床と人情の温かさからすくすくと素直に育ち、孤児ながらそれなりの出世を果たす生徒も多い。豊富な資金の上に成り立つ、この健全な孤児院において育った子供達の中に放り込まれたシモン少年は、やはりその中でも極めて異端児ではあったが、その別世界に馴染む事に置いて、大した時間を要すことは無かった。支給された清潔な服と、清掃の行き届いた部屋に大浴場は、間違いなく、荒廃していたこの世界に確かな楽園が存在することを少年に実感させていた。孤児院に住まう兄弟達の笑い声を耳にしたのは何時ぶりだったか。教養を優しく身に付けさせんとするシスターの慈悲深い瞳は人生初の珍事で、夜には、そこに住まう全員が規則正しい寝息を断続的に立てていたことが、正に奇妙であった。腹いせに折檻を行う不心得者も居なければ、年幾ばくも行かない幼児に、暴言で当たり散らす狼藉者一人すらいない。かといって、この規則的な毎日を当たり前のように過ごす彼ら兄弟を、シモン少年は不思議と妬ましく思うことが無かった。






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設定タグ:SF小説 , ADAPTERシリーズ , バトル   
作品ジャンル:SF, オリジナル作品
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作者名:ワッさん | 作者ホームページ:http://img.u.nosv.org/user/0301enmakun  
作成日時:2021年4月10日 17時

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