ADAPTER <ｱﾀﾞﾌﾟﾀｰ> (ページ3)

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TYPE I ページ3

第一章

そこは、黒くくすんだ摩天楼の底であった。
所々が石油で汚れた灰色の地面を駆ける少年が一人。見事なほの赤いストロベリーブロンドが、天楼のすきま風に揺れて柔らかな光を放つ。そして、彼の人工的な左眼は、赤い輝きを放って遠い先の前だけを見据えていた。
　忙しく振っているその右手には今朝メディア上で報道されたニュースを印刷した、真新しいコピー用紙が握られている。
　内容はこうだ。『ロンドン郊外のビルにて爆破テロ発生』
　このなんとも無骨で、破壊的なテロリズムに、少年の赤い興味の目線は、若き憧れと、敬意を孕んで煌めいていたのである。無謀で、しかしあまりにも純粋な渇望が、彼の成長期の足取りを一層軽くしていた。
　少年の名は、『シモン・ヴェグラーベン』と言った。母の名はアマリア・グレゴリー、父の名はダグラス・グレゴリーというが、少年は彼等二人のことについて、名前も顔も声も、そのような人物がいたという存在さえも知らない。
　それが何故といえば、彼は孤児であるからだ。
　
　戦争孤児────。最新化学核兵器を用いた地球破滅戦争《Earth destruction war》延長上の大規模抗争に巻き込まれた子供達は、皆ことごとく、言葉を発する間もなく死んでゆく。しかし、家や家族、生活も、全てが緋色と白銀の強烈な爆風に吹き飛ばされ、放射能に侵された街の中で、何故か赤子の彼だけは生き残った。故郷は何処なのか、本当の親はどう言った人間であったのか、自分が付けられるはずだった名前は一体なんだったのか。情報収集処理特化型義眼 « Information gathering Processing Specialized artificial eye = IPSA eye » を左眼に嵌め込んだ彼ならば、その全てを知る事も或いは造作もない事なのだが、少年にとって自身の情報というのは、興味の範疇の外部に細かく点在し、情報という砂粒の中に紛れた塵のような物であり、これといって価値も意味も成さないものであったのだ。
　彼は何も知らない。彼が憧れに身を焦がし、その敬愛に人生そのものを捧げんとしている、"あの人物"の事以外には。
　近日、このロンドン郊外において、高層ビルや商業施設を狙った同時多発テロが発生している。どれも構成の違う新種の爆薬のもので、未だその今世紀最大のテロ犯罪者の正体は解明されておらず、複数人のテログループによる爆撃であるとほぼ確定している。だが、この少年はこの世間一般に知れ渡って居る情報が間違っていることを知っていた。

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