幸福成れば… 【中原中也】

小説家、計劃 2 ページ4

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「そう来ると思ってね、予め、取っておいたんだよ。今回も何処を探しても無かったのかな?」

「いえ、今回行ったのは此の店だけです。此処を訪ねるのが一番効率が善いので…お陰で常連。何時もありがとうございます」


女は白い表紙の小説を手に取ると、金を手渡して、嬉しそうに子供見たくぴょんぴょんと跳ねた。後は、其の本屋を走って去っていった。遠退いて行く細々とした後ろ姿。

中原と云えば、其れを只呆然と見ていた。









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「中原君、君は『伊藤計劃』と云う名の小説家を知っているかね?」


其れから数日経って、紅色の椅子に腰を預けた森鷗外に呼び出された最初の一言が、之だった。暗い首領執務室、弱い照明に照らされた黒黒とした部屋には妬けに重い重力が掛かっているかの様である。この場に居るのは、楽しげに硝子の向こうを眺める首領と、其の話し相手の中原。「えぇ、少しは…」様子を見て、後を続く人間の様に返答する。そうして暫く首領は万年筆を弄んでから、再び口を開いた。

「『伊藤計劃』は、今や誰もが知っている、まぁ、ある種の都市伝説の様な小説家だ。或る日忽然と其の大作と共に姿を現し、世間に少なからずの衝撃を与えた天才…」 机の上の白い本を手に取ると、其の表紙をじっと眺める。十尺以上も離れた距離で、薄暗い為に題は善く見えなかったが、変わりに彼の白い女の姿が頭を過ぎった。確か、彼の女の口も『伊藤計劃』とか云う名を零していた。真新しい本の頁を一二と捲り乍ら、ひっそりとした声で続ける。

「その素性は謎目いて居て、性別が男か女か冴も不明だ。有名人であるのに此処まで情報を隠し仰せている。実に不思議なものだ」と、首領は其処で言葉を切った。


「首領、其れで用件は…」


痺れを切らした中原は、思った儘の疑問を口にした。彼の、合理性を欠片も欠かさない首領が、わざわざ小説家一人を語る為だけに人を呼び出す筈がない。が、「ふむ、まぁ、セッカチに成るのも仕方ないが、もう少しだけ話させて欲しい…」と、苦笑する。

「───『伊藤計劃』にはもう一つ、職があると耳にしてね。近頃、興味本位に電子メールで連絡を取ってみたんだが…」首領の手が伸びたのは、又もや机の上だった。其処には、資料程の寸法の分厚い封筒が置かれていて、手は其れをゆっくりと持ち上げて、もう片方で中身を引く。悪戯に笑っていた。






「お返しに、面白い手紙が届いた…────」









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