幸福成れば… 【中原中也】

変わり者 1 ページ22

.




人間は何故刺激を求めるのだろう。人間には恐怖や驚きという感情が備わっている。それらは進化の過程で、自分の身に怒る危険を本能的に避け、自分の身や、或いは精神が傷つくことを防ぐ為だ。なのに人は何故だかホラー映画を見たり、お化け屋敷に行ったり、バンジージャンプをしたりして、言ってみればスリルを求めているのだ。実に奇妙だ。自分から恐怖や驚きを感じてみようだなんて。実に不思議でそれが私にとってはおもしろい。
人間はスリルに、恐怖に、楽しさを見出すんだ＿＿＿＿。

「それでは、人が真に求める『ユートピア』とは一体何なのか。人々が他人を気遣って助け合う社会？ ずっと働かなくていい世界？ それとも戦争や喧嘩の起きない『平和』かな…＿＿＿＿私の見解は違う。なぜなら人はスリルを求めるから、いつかは大きな感動を刺激を求めるから。人は休みが長く続いて、ついに何もやることが無くなると、つなまらない、と云う。そして、何ものにも頼られなければ、何もしなくていいと云われれば、自身の生きている意味を問い始める。とは云っても人は皆違うし、何もしない方がいいって言う人もいるけれど、多くの場合、それは死と同義に位置づけられて仕舞う。
……だったら、わたし達はどうすればいい？
どうすれば、真のユートピアを手に入れることが出来るのだろう」


部屋の棚にでも入っていたのだろうか。監 禁部屋に入ると、何処からか持ち出してきたペンを片手で弄りながら何かを語っている彼女と目が合った。まるで、こちらに来てすぐ自分のことを確認してくるのを最初から分かっていたかのように。


「どうすればいい？」

中原は淡々と問うた。

「簡単だよ。『完全に進化』すればいいんだ。人間が進化の過程で得た糖尿病を…そう、まさに”病気”として撲滅しようとするように、進化の過程で得た感情そのものを、自身を認識する意識を捨てて、選択のない自明的な自身を作る。きっと、それは何かに満たれて、上手く言い表せないけれど、とても柔らかい幸せな感覚なんだろうね…」恋焦がれるように彼女は言った。そんなことができようものならふらりと姿を消して、実現させてしまうといった調子で。
眉間に力が篭ったのを感じた。


「出来ねぇだろうな…そんなことは。お前が生きているうちに」

「そうだね、だってこれはわたしが考えた理想の世界なんだもの。架空の楽園のお話だよ」

「それは、お前が望む世界なのか…」

変わり者 2→←悪夢 4

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す