幸福成れば… 【中原中也】

悪夢 2 ページ19

＿＿夢が夢と共に終わりを告げて、遠ざかり、現実の世界へ戻されている。どうせ遠ざかるのならば、来なければいい。あんなにも暗暗とした世界は丸で懲り懲りである。
しかし、あの手は一体……









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そうして閉じていた瞼を開けて、中原は、寝台に預けていた上半身をゆっくりと起こした。いつも寝起きに襲う頭痛は今回は無い。

あの夢のお陰なのだろうか…。
一瞬余りにも馬鹿げたことを考えて、思案を打ち消すように頭を振る。有り得ない。あの夢の光景は見慣れた景色で、今迄ずっと、飽きる程見て来た光景だ。今更、それによって頭痛を引き起こすなんて有りうるはずがないだろう。ましてや、たった一つ、あんなにも弱々しい手をさし伸ばされて、其れに縋り、早朝から襲う頭痛が消えるだなんて可笑しな話だ。

少しだけ差し出された手を思い出した。



「何なんだ…今更」




左手で頭を押さえようとしたが、何かに引っかかった様で動かない。引っかかったと言うよりは握られているような感覚だった。不思議に思い、左手を落としていた方面を見ると、彼の手を握る夢の様な真っ白な手があった。『Aの手』だ。
此奴の知識量なら逃げることは容易かったはずではなかったのだろうか。手錠も帰られていない上に部屋の鍵も掛けられていない。これから又と無い機会だったのでは無いだろうか。そう考えながら、少しだけ赤みの刺した瞼を閉じた女に声を掛けた。

「おい」

特に何の変哲もない呼び声は彼女の耳に届いた様だった。朝日に照らされて美しく反射している白が寝起きの視界には眩しく、形容出来ないほどに美しい。少しだけくすんだ色の透き通った瞳が白く長い睫毛の間から覗いた。
其の瞬間でさえも中原の眼にはこの世のものとは思えない、幻想的な光景に見える。
蒼と、少しだけ灰色の混ざったような瞳がこちらを向いた。透き通った頬に少しだけ赤みが差し、彼女は笑う。
中原はその瞬間の出来事を、普段は興味を示さない美術品の様に眺めていた。まだ、こんなにも心奪われた人間が傍にいる事が信じられないのだろう。


毎日独りで寝起きし、仕事で数多の血を被っていた日々に、こんなにも、純白で純粋な人間がいる事が不思議なのかもしれない。
ここまで、視界に白いものが映るのに違和感を感じてしまって居るのだろうか…。

どちらにせよ、今日から本格的な監 禁が始まる。この人間だけは、彼の傍を離れる事が出来なくなるのだ。









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