捨て名、拾い名 2 ページ11
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「────惚れたんだ。手前に…」
あの通りで遭った日から、其れは頭の隅に根ずいていたのだろう。白い髪と白い肌、何処か迷いのある様な深海の如き蒼暗い瞳が、脳裏に焼き付いて離れようとし無かった。それが、『惚れる』と言葉で表さず、何と表せば善いのだろう。
Aは、困惑の表情を後先に、余りの驚嘆にか、元々大きな眼を更に大きく見開いて、至って何の変哲も無い真剣な中原の表情を凝視して居た。そして、次の瞬間に彼が聞いたのは──
────子供が燥ぐ笑い声。
「いや、ご免なさい。一寸面白くって…」
彼女は笑っていたが、次に、目を見張り驚嘆したのは中原である。何の前触れもない突然の出来事に、言葉を喪った。
Aの眼から無数の涙が零れているのだ。透明で何の混じり気も無い、純粋な涙が。微かに光る液体が、空中で揺れて落ち、皺のないシーツに涙痕を残して行く。
「わ、悪ぃ」
慌てた中原は手袋に覆われた指で零れ落ちる涙を拭う。何故、泣いているのかは聞いていなかった。拭い乍ら、其れを考えて、聞かない方が善かったのかも知れないと考えたからである。
或る意味で、此の女が涙を流したのは当然なのかも知れないのだ。ある日、自分が安泰を持って身の範囲に入った男が、己を攫い、監 禁迄に手を出した。その理由が『惚れた』の一言で全ての説明が付いてしまうのであれば、被害者は溜まったものでは無い。常識外れも程々にするべきだと釘を刺されても、全くの道理、と認めざるおえないのだ。
だが、謝罪を述べようとする中原に彼女は首を振った。「安心しただけ」と穏やかに微笑んだ。
「思わねェか、それだけなのかッて」
再びきょとんとした瞳が中原を見詰める。
「思わない。だって十分な理由だもん」
「嬉しいよ」と彼女は云った。
余りにも純粋で余りにも高潔なその笑みを中原は喜ぶ事が出来なかった。未だ気味悪がられないだけ善かったモノを、自身だけが別物の感情を抱いている事に些か、憎悪さえ抱いて仕舞った。
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鈍感な彼女にも、『自身』にも。
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ワッさん+a(プロフ) - あひゃこさん» いえいえ!まさか紹介して頂けるなんて夢にも思いませんでしたから!こちらこそ、ずっと応援してます! (2018年6月12日 19時) (レス) id: 0cdcac71cf (このIDを非表示/違反報告)
あひゃこ(プロフ) - ワッさん+aさん» 承諾頂きありがとうございます こちらこそ、このような素敵な作品を私の作品で紹介できて大変嬉しいです^^* 私の新作である 生前手記 という作品に載せさせて頂きました これからも応援しています (2018年6月12日 18時) (レス) id: 782bc5610f (このIDを非表示/違反報告)
ワッさん+a(プロフ) - あひゃこさん» おおおわっ!良いのですかっそんなっ!有難うございますっ!いや、迷惑だなんてちっともっ!寧ろ光栄と言うか、願ってもないお話です!是非此方からもお願い致しますっ!! (2018年6月12日 18時) (レス) id: 0cdcac71cf (このIDを非表示/違反報告)
あひゃこ(プロフ) - ワッさん+aさん» そうなのですね こちらこそいつも閲覧頂きありがとうございます ご迷惑でなければ、是非この作品を沢山の方々に閲覧してほしいという私の思いがありまして… 作者様さえよろしければ、是非私の作品でこの作品を紹介させて頂きたいです(><) (2018年6月12日 8時) (レス) id: 782bc5610f (このIDを非表示/違反報告)
ワッさん+a(プロフ) - あひゃこさん» 励みになるコメントを有難うございます!細やかで僕も特に気を使っている部分に目をつけて頂いて嬉しい限りです!之はご期待に答えて更新せねばっ!それと、僕もあひゃこさんの作品は愛読させて頂いて居ります!!素敵な作品が多く、何時も目を見張るばかりです! (2018年6月11日 17時) (レス) id: 0cdcac71cf (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ワッさん+a | 作成日時:2018年5月27日 21時