▼(錦) ページ5
錦戸side
夕闇迫る街中、駅前のパン屋を曲がった角。ほんのり灯る、街灯の下。
帰宅ラッシュの雑踏の中、その人の歌声だけが鮮明に耳に残ったのを覚えている。
真っ直ぐなメロディー、歌声。
彼の口から紡がれる言葉がすんなりと自分の中に入り込み、融合していく。
「……何泣いてんねん。」
ギターを弾く手を止めたその人が驚いたようにこちらを見た。
目があって、俺は自分が泣いていることに初めて気づいた。
「あ、……いや、その…」
しどろもどろになりながら、俺は精一杯の言葉を伝えた。
「良い、歌ですね。」
あぁ、本当に感極まった時って何にも言葉が出てこないんだなぁ。なんて。
それなのに、その人は心底嬉しそうに
「ありがとう」
と返してくれた。
しかし、その後も泣き止まない俺を見てその人はギターをしまう手を止め、自分の隣に呼んだ。
何を聞くでもなく、ただ俺を隣に座らせてアカペラで歌い出した。
先ほどまでのよく通る力強い声ではない。鼻歌に近い、俺だけに歌ってくれているような、優しくあたたかい声。
どこか懐かしい曲調のその歌は、ありふれたバラードだった。
それなのにここまで心に染みるのは、彼がそれを真っ直ぐに伝えてくるから。
嘘のない、心。
俺はその歌を聴きながら、これまでの事をぽつぽつと話していた。
出来のいい兄妹、多すぎる習い事や勉強、自分の価値観を押し付ける両親からの重圧……
全て話し終わった後もその人の歌は止まらず、後奏までを鼻歌で歌い上げたあと、静かに俺を見つめてこう言った。
「それで、お前はどうしたいん?」
俺は思いもよらない言葉に戸惑う。
「…え、何がですか?」
「いや、さっきから人のことばっかりやん?お前は何か、したいことあるんか?」
衝撃だった。慰めでも同情でもなく、ただその人は自分に何がしたいのかと聞いたのだ。
そこで俺は思った。
(あ、俺…空っぽやんか…)
何もない。
言われた事をただこなしてきた。
目標も、夢も、俺には何もなかった。
黙り込んだ俺を見つめた彼は、ぶっきらぼうに俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「わっ!何するんですか!!」
「そんな暗い顔すんなや!やりたい事なんかこれからなんぼでも見つけられるやんか!」
ニヤリと笑うその人があまりにも眩しくて、俺はチカチカとしためまいを感じる。
もう陽も落ちた。街明かりが宵を照らす。
俺には何もないけど、この人の背を追えば、何か掴める気がした。
195人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
てん(プロフ) - みづきさん» ありがとうございます!今後も楽しんでいただけるよう頑張ります! (2018年9月13日 15時) (レス) id: 8ddec21add (このIDを非表示/違反報告)
みづき(プロフ) - 続き楽しみに待ってます!頑張ってください。応援してます! (2018年9月12日 9時) (レス) id: 843d8c558c (このIDを非表示/違反報告)
てん(プロフ) - きいろさん♪さん» 応援ありがとうございます…!きいろさんのお陰で、更新を続ける事を決意することができました。拙い文ですが、今後も作品共々よろしくお願いいたします(´;ω;`) (2018年4月29日 1時) (レス) id: 8ddec21add (このIDを非表示/違反報告)
きいろさん♪ - 更新頑張ってください!すばるくんがいなくなることが決まって、寂しいですが、7人の関ジャニ∞を書き続けてくれると嬉しいです!応援してます! (2018年4月28日 8時) (レス) id: dfe925cf14 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:てん | 作成日時:2018年3月31日 17時