空想カタルシス 2nd 【ars S.S】 (ページ35)

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70.待ち合わせ。ページ35

Aちゃんは「約束ですから」と、カフェでコーヒーをご馳走してくれた。

良い時間だったから、そのままそのカフェでパスタなんかとちょっとだけアルコールを頼んで、夕飯も済ませた俺らは八時過ぎには帰りの電車に乗っていた。

土曜日はハメをはずせる、なんてアイツらは言ってたけど。

ハメをはずすどころか、俺は智くんが友達なんだって事をAちゃんに言い出せない自分が気持ち悪くて仕方が無かった。

何で言い出せないのか。
分かってるけど、認めたくない。

こんな、小さな男だなんて自分でも思いたくない。

俺は、智くんには勝てないんだ。

「櫻井さん」

隣に座ってるAちゃんが俺をチラッと見た。

「実は今日の待ち合わせなんですけどね」
「うん」
「私、ずーっと櫻井さんの後ろ歩いてたんです」
「え？」

どういう意味だ？

「地元の駅から、待ち合わせの場所まで」
「そうだったの？」
「はい、電車乗る前に駅で櫻井さん見付けて」
「そっか、使う駅同じだもんね」
「隣の車両に乗って、待ち合わせの場所まで真後ろを歩いて」

Aちゃんは「けど櫻井さん、全然気付いてくれなくて」と、クスッと笑う。

「そりゃ、背中に目がある訳じゃないからね。声掛けてくれたら良かったのに」
「何か櫻井さんを覗き見してるみたいで楽しかったんですよ」
「覗き見って。なーんも面白い事起きなかったでしょ？」
「んー...それなりに私は面白かったですよ」
「...面白いの？」

俺、何かしてたっけ？
面白い出来事なんか、起きたか？

「櫻井さん、来週の待ち合わせも今日と同じで大丈夫ですか？」
「え？でもわざわざあっちで待ち合わせなくても...」
「待ち合わせ、って好きなんです。私」

目がキュッと細くなる。

電車の座席で隣り合わせ。
線路を挟んでた時とは比べ物にならない距離で、Aちゃんが笑う。

肩が触れてる。
そこから俺の動悸が伝わらないか、不安になる。

雅紀が言ってた「好きな子には触れたくなる」っての、分かった気がして苦しくなる。
ニノが言ってた「その内思い出すよ」っての、俺、思い出してる気がして苦しくなる。

「今日は楽しかったです！来週、また土曜日に」

地元の駅前で、Aちゃんが手を振って背を向けた。

きっと、来週だって土曜日だからってハメなんかはずせない。

だけど。

今日よりきっともっと、思い出す。

今日よりきっともっと、触れたくなる。