空想カタルシス 2nd 【ars S.S】 (ページ31)

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66.街。ページ31

土曜日までに俺とAちゃんは顔を合わせてしまう。
いつものホームで。

映画に誘った翌朝、俺はいつものように線路を挟んでAちゃんと会釈を交わした後にメールを送った。

土曜日の待ち合わせ時間と場所だけを記した、簡単な色気の無いメール。

俺が送信した直後にAちゃんはジャケットのポケットからスマホを出して俺からのメールを確認した。
そして、顔を上げて俺を見る。

コクリ、と。

ニコリ、と。

微笑んで頷く。

周りの誰にも分からない俺とAちゃんだけの会話に、胸がくすぐったくて笑ってしまわないように俺は唇を噛んで口角を下げた。

その時、手の中でスマホが震えてメールが届く。

『了解しました。A』

絵文字も何も無い。
ビックリマークすら無い。
言葉遣いも、凄く事務的でまるで男のメールだ。

このメールだけを貰ってたら俺はきっと、軽く不安になって、レベル２では対応できなくなってたんだろうけど。

だけど、線路の向こうを見るとAちゃんは俺を見て笑ってる。

俺も頷いて少し笑った。

先に来る俺が乗る電車、それがやって来る時にAちゃんは手を振って。

「いってらっしゃい」と、口を動かす。

俺は初めて「いってきます」と、手を振り返した。

それが、昨日の朝の話だ。

今、俺はいつもなら仕事に来る街に、スーツじゃない姿で立っている。
雅紀に「ろくな服が無い」って言われ続けてるクローゼットから服を選んで、無難な物を身に付けて。

休日の街は極彩色。

俺はスーツを脱いでもやっぱり無彩色で、少し居心地が悪い。

「櫻井さん」

声に振り返るとAちゃんが立っていた。

合コンの時と近い感じだ。
一個下のはずなのに、えらく若く見える。
ワンピースだけど、毎朝見てるあの雰囲気じゃない。
Tシャツの裾が長くなっただけの、あれ。

足元は雅紀が履いてるようなごつめのスニーカーで。
下ろした長い髪に、ニット帽を被っている。

「おはようございます」
「うん、おはよう」

雅紀に服、借りれば良かったな。

ニコッと笑うAちゃんと並んで、俺はちょっとだけ後悔しながら会社とは逆方向の極彩色の街に踏み出した。