空想カタルシス【ars S.S】 (ページ29)

今日:16 hit、昨日:41 hit、合計:1,268,875 hit

29.向かい側。ページ29

翌朝、俺は自分の目を疑うことになる。

驚いてんのか、呆れてんのか、開いた口が塞がらないことって本当にあるんだなとこの歳になって初めて知った。

いつものように、ホームに立つ。
いつものように、向かい側にはワンピースの彼女。

ただ、いつもと違う事が起きた。

俺の視界に、黒い上着に派手な色のショートパンツを履いた雅紀があっち側のホームの階段を軽やかに駆け下りて来る姿が入り込んできた。

「えっ！？アイツ何してんの...」

独り言が漏れてしまった。

俺の声が聞こえたかのように、雅紀がこっちを見る。

『おまえなにしてんの』口パクで伝えてみるけど、伝わってんのかは分からない。
嫌な予感しかしない。

雅紀は俺に向かって、ダブルピースするとワンピースの彼女の背後に立った。

そして、ニィっと笑うと彼女の肩をトントンと叩いた。

何っ！？
アイツ、朝からナンパすんの！？
盛りのついた犬か！！

ビックリした顔で彼女が雅紀を見上げる。

雅紀は彼女にイヤホンを取ってくれって感じのジェスチャーをする。
彼女も素直にそれに従って、イヤホンを外した。

笑顔で雅紀が何か話しかけて、彼女は首を傾げながらそれを聞いてる。

でも次の瞬間、彼女はパッと笑った。
雅紀もニコっと笑う。

何だよ、その笑顔は。
お前、そんな甘い顔すんのか！

あー、モテるわ。
あれはモテるわ。
モテるわー。

口が開きっぱなしの俺を、雅紀がチラッと見た。
そして、何故か頷いてまた彼女と話す。

...何だ？今の。

瞬間、こっちのホームに電車が入ってくる。

俺は電車に乗り込み、空席に座り振り返って背後の窓からあっちのホームを眺めた。

雅紀が俺に手を振る。

そんな雅紀の行動を見た彼女も俺を見て。

ドクッ...と、また胸が鳴る。

彼女は、微笑んで俺に小さく会釈をした。

胸のドクッ、は、ドクドクドクに変わる。

ビックリしただけだ。
ただ単にビックリしただけだ。
会釈なんてされると思ってなかったから。

他に意味は無い。

俺は電車が走り出しても、二人が見えなくなるまで体をねじったまま窓の外を見続けていた。