空想カタルシス【ars S.S】 (ページ27)

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27.今。ページ27

あの日。

失恋して、飲み潰れて、寝坊して、遅刻する、なんて社会人としてあり得ない失態を曝した五年前のあの日。

俺は、恋愛を楽しめるとは思えなくなった。

女の子を見て、可愛いとは思う。
成人男子として当然のモヤモヤっとした気分にだってなる。

だけど、好きとか、そんな一番最初の段階に踏み込めない。

どうせ、俺みたいなつまらない男とは誰も付き合いたくないだろ？って。
告白してきてくれた子もいたけど、きっと付き合ったら俺に失望するんだ。

...そう思ったら、気持ちがスゥッと引くんだ。

「ねぇ翔ちゃん」

俺の『ろくな服が無い』クローゼットから出してきた服を渋々着て出ていったあの日の雅紀より、髪が黒くなって大人っぽい服を着るようになった、今隣に座ってる雅紀が、あの日とあまり変わらない俺に言う。

「もう、恋しないの？」
「俺みたいな男、誰も好きになってくれないよ」
「翔ちゃん、まだそんな事言ってんの？」

小さな溜め息。
そして、微笑む。

「俺、女だったら翔ちゃんと結婚したいけどな」
「俺は俺みたいな退屈な男より雅紀みたいな奴と結婚するのが、幸せだと思うけどな」
「あ、じゃあ、両想いだね！」

爽やかに笑って「俺、やっぱやられんの嫌なんだけど、翔ちゃんそれでも良い？」と、まるで「今日の弁当、何が良い？」位の感じで言うから、また騙されそうだったけど。

「やっぱお前みたいな節操も貞操観念も壊れた奴、嫌だわ」
「えー、フラれた！」

ほらまた、そこの女子高生が嬉しそうな顔してるじゃないか。
そんなワクワクした顔で見るなよ…。

「翔ちゃん、降りますよ」
「あ...おう」

電車が駅に到着して、俺らは今日も一日を始める。

「じゃあね、翔ちゃん。今日もお仕事、頑張ってー」
「雅紀もな。...あ、なぁ」
「何？」
「さっきさ、あのワンピースの娘の事、おとなしくなんか無いって言ったよな？」

あぁ！と、雅紀は笑う。

「何でそう思った？」
「靴が、お洒落だったから。翔ちゃんがイメージするようなお嬢様系の子が選ぶような靴じゃなかったんだよね」

靴？
そんなとこまで見てない。

「ただの勘だけどね！服屋の勘と、節操無い男の勘！」
「何だ、それ」

雅紀と別れてから、あのワンピースの娘の事を思い出す。
けど、どうしても靴までは思い出せなかった。