空想カタルシス【ars S.S】 (ページ15)

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15.定期。ページ15

早朝の、まだ開店してないビデオ屋の返却ポストに団地妻を放り込む。

中でゴトン、と音がした。

「任務完了...っと」

俺はポストを指差して、クルッと振り返り駅へ向かう。

さよなら、団地妻。

昨日と同じようにホームに立って、昨日と同じように向こう側のホームを何気なく見る。

目の前には、昨日と同じようにワンピースを着た、昨日の白いワンピースの女の子がいた。

ただ、今日のワンピースは黒だ。
俺と同じ、無彩色。
風に柔らかそうなワンピースの裾がヒラヒラと揺れる。

焦げ茶色の長い髪を下の方だけクルンと巻いて、片側の髪は耳に掛けている。

あ...イヤホン...何か聴いてるんだな。
何だろう。
おとなしそうな雰囲気だし、クラッシックとか？

なんて、考えてみたところでさ。

ドラマなんかだと、ホームを挟んだあの娘と恋が始まったりするんだろうけど。
現実にそんな事は無い。

分かってんだよ。
ドラマみたいな出会いなんて、無い。
それが、現実だ。

俺は、滑り込んできた電車に乗り込み、今日もまた座席に座れることに軽く感動しながら仕事に行く。
現実を、黙々とこなす。

そして、翌日からはまたオッサン達にぎゅうぎゅう揉まれながら満員電車に揺られて。
同じ毎日が繰り返される。

そんな俺の生活リズムが変わったのは、最寄り駅から会社までの定期が切れた頃。

オッサンとの密着にウンザリしてた俺は、思いきって自転車使わなきゃ来れない普通電車しか停まらないあの駅からの定期に変えた。

それは、あの娘の姿を毎日見るって事にもなった。

ま、知り合いですら無いし、俺もそこまで興味持って見てた訳でも無い。
ただ、目の前に立ってたから目に入っただけだ。

彼女は今日、初めて見た時のような白いワンピースの上に黒いジャケットを羽織っていた。
髪は相変わらず、クルンとカールしてる。

「あれっ！翔ちゃん！」

あ、そうか...。

こっちの駅を使うと、もれなくコイツに会う確率も高くなるのか。

「おはよ、雅紀」
「今日もたまや？」
「いや、定期をね...」

雅紀に事情を話すと「じゃあ、俺が仕事早い日は一緒に通勤できるね」と笑った。

そうだな。
朝からお前と話すと、俺も元気になれそうだわ。

俺の横で、雅紀はやっぱり大アクビをしていた。