空想カタルシス【ars S.S】 (ページ2)

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2.パン。ページ2

「あっれー？翔ちゃん？」

聞き慣れた声のした方を見ると、無彩色のスーツを着た俺と同じようなサラリーマン達の中で際立って鮮やかな男がニコニコ笑ってた。

「おう、雅紀。おはよ」
「おはよ、翔ちゃん」

ちょっと眠そうな目をして、そのトロンとした目とは逆の目が覚めるような真っ赤の薄手のブルゾンを羽織った雅紀が俺の隣に並んだ。

「何でこっちにいんの？翔ちゃんちってＪＲの方じゃなかった？」
「あぁ、これこれ！」

俺は雅紀に手に持ってた紙袋を見せた。

「あ！たまや！」

たまや、と言うのはこの駅の近所にあるパン屋だ。
俺らが小さい頃からずっとそこにあって、もう創業何年なのかも謎だ。
看板娘は、何十年か前はベッピンさんだったであろう可愛いばあちゃん。

「翔ちゃん、高校の頃から好きだよね」

雅紀とは学年は違うけど、この駅の近所にある高校に通ってた頃からの付き合いだ。

「焼きそばパン、やろうか？」
「ホント！？やったー！」
「買いすぎちゃったんだよ、久々過ぎてテンション上がってさ」

俺が早起きしてダサい自転車乗ってまでこっちの駅に来たのは、たまやのパンが突然恋しくなったからだ。
半年に一回位食べたくなるんだけど、そん時は土曜まで我慢して車で来てた。

なんだけど昨日の夜に「明日の昼飯に食べたい！」って湧いてしまった衝動が抑えきれず、今朝めでたくダサリーマンになったってわけだ。

「翔ちゃん、こんなコト言って良いのか分かんないんだけど...」
「なに？」
「後ろの毛、立ってるよ」

あっ！
そうだった。
後でトイレ行って直そうと思ってたのに忘れてた。

「直してあげようか？」
「直せそう？」
「うん、立ってるのを落ち着かせれば良いだけでしょ？」

雅紀は俺の後頭部に手を伸ばし、寝癖なのかセットした時の失敗なのか分からない立ってる毛をどうやら直してくれてるらしい。

「朝から元気だねぇ、この毛！」
「お前...その言い方ちょっと...」
「翔ちゃん朝から元気に、たっ...」

もう何年の付き合いだと思ってんだ。
お前が何を言おうとしてるか位、分かるぞ！

俺は雅紀の口を思いっきり手で塞いだ。

...ら、思いのほか力が入ってしまってバッチーンと良い音がして雅紀の様子をそっと窺ったら恨めしそうに俺を見てる。

「...酷いよ、翔ちゃん...」

俺の手の奥で雅紀がフガフガとこぼした。