PRESTO！【ars M.A】 (ページ35)

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35.・・・じゃないよ。ページ35

柔らかくて、ちょっと冷たいAちゃんの手。

すぐ離さなきゃ不自然なのに、離したくなくて

だけど、警戒されるの嫌だから断腸の思いで手をパーにした。

「朝っぱらからうるさくてごめんね！」

二度目もやっぱりバターン！ってデカい音を出して倒れたスーツケースを起こして、Aちゃんに謝る。

「ううん、私が驚かせちゃったから...」

Aちゃんまで申し訳無さそうな顔をするから起こしたスーツケースに両手を乗せて「俺がボーッとしてたの、ごめんね？」って、笑って見せた。

「あ、雅紀くん。これ...」
「...あ...えっと...」

彼女が両手で俺に差し出してくれたのは、赤くて可愛い紙袋。

「あのね、迷惑かもしれないなって思ったんだけどね」
「えっ...？えっ...？」
「雅紀くんにはお世話になってるし...チョコなんだけど」
「チョコ...」

うわぁ...うわぁ...どうしよう...

期待はしたけど、したけどさ、本当にそうなるとこんなに緊張すんの！？

「これは...えー...っと...」

義理...？
それとも...

「いっぱい作ったから、雅紀くんにもと思って」
「いっぱい...？」
「うん、本当は買おうと思ってたんだけど...作った方が数いっぱい用意できるから、作ったの」
「数...？」

俺がキョトンとしてると、Aちゃんはお店のスタッフへのバレンタインチョコを買わずに作ったら思った以上にいっぱい出来たから、俺にもくれた...って事を話してくれた。

何だか、あれだな、義理ともまたちょっと違う気がする...。

お裾分け？

「他人の手作りって気持ち悪いって人も居るから迷惑だったら言ってね！ホント、遠慮せずに突き返してくれて良いから！」
「そんな...迷惑なんて...」

迷惑なんて、ある訳無いよ。

お裾分けでも、俺にあげようって思ってくれたんでしょ？

だったら、それだけでも俺はAちゃんの中にちょっとでも存在出来てるって事だよね？

「ありがと、Aちゃん」
「ごめんね、私はあんな素敵なチョコ貰ったのに...」
「ううん、嬉しいよ」

俺は赤い紙袋をスーツケースの取っ手を伸ばして引っ掛けた。

「寒いからさ、Aちゃんもう部屋戻ってね」
「雅紀くんも気を付けて帰ってね」
「うん」

またガラガラ音を立ててスーツケースを引っ張る。

「あ...」

少し進んで、クルっと振り返ったらAちゃんはまだそこに居た。

「俺のあのチョコ、お土産じゃないよ」

好きな人に想いを伝える日

バレンタインだから、だよ。